記事: パリとドイツ、アール・デコとバウハウスが目指した美しさはこんなに違う
パリとドイツ、アール・デコとバウハウスが目指した美しさはこんなに違う
こんにちは、ベルモントルの妹尾です。
本日の動画では「パリとドイツ、アール・デコとバウハウスが目指した美しさはこんなに違う」という内容で解説して参ります。
前回の動画では、カルティエとアール・デコの関係について解説しました。
今日はその続きとして、アール・デコと同じ時代にドイツで生まれながら、まったく異なる美意識を持つ「バウハウス」という様式を取り上げます。
パリとドイツ、同じ時代に生まれた二つの様式が、何を目指し、何が違ったのか。
この二つを並べて見ることで、アール・デコとバウハウスの考え方の違いがより鮮明に見えてくるはずですし、腕時計を含むプロダクト全般の見え方が少し変わってくるはずです。
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それでは話を進めて参ります。
1920年代のドイツで、なぜバウハウスは生まれたのか!?
まず最初に、バウハウスとは何かというところからお話しして参ります。
腕時計に興味を持っている方であれば、バウハウスという言葉を一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。
シンプルで無駄のない文字盤、均一な線、余計な装飾を一切排したデザイン。
こうした腕時計が「バウハウスデザイン」として語られることがありますよね。
ただ、バウハウスとはそもそも何なのか、なぜこういった美意識が生まれたのかを知っている方は意外と少ないかもしれません。
まずその背景から考えてみましょう。
1914年から1918年にかけて起きた第一次世界大戦が終わったとき、ヨーロッパは勝者と敗者に分かれていました。
フランスは戦勝国として、戦後の経済的な豊かさと文化的な熱狂の中にいました。
パリでは芸術家が集まり、新しい時代の美しさを競うように追求していました。
その空気の中で生まれたのが、前回お話ししたアール・デコという様式です。
一方ドイツは敗戦国として、まったく異なる現実に直面していました。
極度のインフレが続き、街には職を失った方が溢れ、パンを買うにも苦労するような時代です。
豊かさとは程遠い、厳しい日常の中でドイツの芸術家やデザイナーたちが考えたのは、「豪華な装飾品を作っている場合ではない」ということでした。
人々の日常生活を本当に豊かにする、使えて美しいものを作る方が大切だという考え方が、自然と生まれてきたんですよね。
つまりアール・デコは「豊かさの中で生まれた美意識」であり、バウハウスは「困難の中で生まれた美意識」といえます。
同じ時代に生まれた美意識ながら、出発点がまったく違います。
だからこそ目指す美しさも、まったく異なるものになっていったんですよね。
その思想が1919年に形になったのが、バウハウスです。
ドイツのヴァイマールという都市に設立されたこの学校は、芸術家と職人が同じ空間で学び、「機能を突き詰めた結果として美しさが生まれる」という哲学のもとでデザインと製造を一体化させようとしました。
学校としての歴史は1933年にナチス政権によって閉鎖されるまでのわずか14年間でしたが、その間に生み出された思想は現代のプロダクトデザイン・建築・腕時計の世界に今も深く息づいています。
バウハウスが掲げた考え方の中で最も重要なのが、「形態は機能に従う」という言葉です。
プロダクトの形は、その機能を最もよく果たすための形であるべきだという考え方で、余計な装飾は削ぎ落とす、素材は目的に最も適したものを選ぶ、色は意味を持つときだけ使う。
こうした徹底的な合理主義の追求の果てに、シンプルでありながら力強い美しさが生まれてくるというのが、バウハウスの哲学の核心です。
腕時計に当てはめて考えてみると、わかりやすくなります。
文字盤に余計なものが何もない、インデックスは数字だけ、針は細く均一、余白を最大限に活かしたレイアウト。
こうした腕時計が「バウハウスデザイン」と呼ばれるのは、機能を突き詰めた結果として生まれる美しさという、バウハウスの哲学がそのまま反映されているからなんですよね。
では次に、パリは飾る、ドイツは削る、二つの様式が目指したものの本質的な違いという内容で解説して参ります。
パリは飾る、ドイツは削る、二つの様式が目指したものの本質的な違い
前のパートでは、バウハウスがどういう時代背景のもとで生まれたのかを解説しました。
ここでは、アール・デコとバウハウスが「美しさ」というものをどのように定義していたのか?
その本質的な違いについて掘り下げていきます。
一言で表すなら、アール・デコは「装飾することで美しくなる」という考え方であり、バウハウスは「機能を突き詰めた結果として美しくなる」という考え方です。
同じ「美しいものを作る」という目標を持ちながら、そこへの辿り着き方がまったく逆の方向を向いているんですよね。
アール・デコの美しさは、豊かさの表現です。
幾何学的な形状を基盤としながら、そこに貴石・エナメル・象牙・金といった贅沢な素材を組み合わせ、装飾を加えることで美しさを高めていきます。
見る方に「これは特別なものだ」と伝えるために、視覚的な豊かさを積み重ねていく様式です。
カルティエのジュエリーウォッチを思い浮かべていただくと、わかりやすいかもしれません。
文字盤にダイヤモンドが散りばめられ、ケースに精巧な装飾が施され、それ全体が一つの美術品として成立しています。
装飾が美しさの本体であるという考え方が、アール・デコの核心にあります。
一方バウハウスの美しさは、合理性の表現です。
その真逆の発想といえます。
バウハウスの美意識を体現した腕時計として最もわかりやすい例が、ドイツのノモスというブランドのタンジェントというモデルです。
白い文字盤に最低限のアラビア数字のインデックス、細く均一な針、余白を最大限に活かしたレイアウト。
文字盤を見た瞬間に「何もない」と感じるほどシンプルで、装飾という概念をすべて取り払った結果として生まれる、潔いほどの美しさがあります。
カルティエとノモスのタンジェントを並べて見ると、同じ「美しい腕時計」でありながら、その美しさの性質がまったく異なることが一目でわかるんですよね。
大切なのは、どちらが優れているかという話ではないということです。
アール・デコは豊かさと装飾の中に美しさを見出し、バウハウスは合理性と機能の中に美しさを見出した。
目指している山が最初から違うんですよね。ただ、この二つの美意識を知った上で腕時計を見ると、それぞれのブランドがどちらの哲学に近い場所に立っているかが、自然と見えてくるようになります。
とここまでですね、ある程度バウハウスの意味が分かったと思うんですが、次に出てくる疑問として、『じゃあ、シンプルな時計ならなんでもバウハウスなの?』てのがあると思います。
というわけで次は、バウハウスの美意識と、シンプルな腕時計の美しさは何が違うのか?について解説します。
バウハウスの美意識と、シンプルな腕時計の美しさは何が違うのか?
前述した通り確かに、バウハウスの美意識を体現した腕時計はシンプルです。
しかし、シンプルな腕時計がすべてバウハウスかというと、そうではありません。
同じ「シンプル」という言葉でも、その背後にある哲学がまったく異なるケースがあるんですよね。
まず、バウハウス的なシンプルさについてです。
ノモスのタンジェントに代表されるバウハウスの美意識は、「機能を突き詰めた結果として余計なものが消えていった」というシンプルさです。
最低限のインデックス、細く均一な針、最大限の余白。
これらはデザインの選択ではなく、「時間を読む」という機能を最もよく果たすために必要なものだけを残した結果です。
装飾を加えないのは、美学的な判断ではなく、機能的な判断から来ています。
だからバウハウスの腕時計を手に取ったとき、「何もない」という感覚よりも、「必要なものだけがある」という感覚が先に来るんですよね。
一方、スイスの伝統的なドレスウォッチが持つシンプルさは、出発点がまったく異なります。
パテック フィリップのカラトラバやランゲ&ゾーネの1815を手に取ったとき感じるシンプルさは、「品格と節制の美学」から来るものです。
派手な装飾を避け、素材と仕上げの質で勝負します。
余白を大切にするのは機能的な理由ではなく、「上品であること」という美意識の表れです。
これはバウハウスの合理主義とは根本的に異なる、スイスのドレスウォッチが長い歴史の中で育んできた独自の美学なんですよね。
この違いは、実際に2つを並べてみると感じ取れます。
ノモスのタンジェントとカラトラバは、文字盤だけを見ると似ているように見えるかもしれません。
どちらもシンプルで、余白があり、主張が少ないですよね。
しかし手に取ったときの印象はまったく異なります。
タンジェントには工業製品のような合理性があり、カラトラバには長い歴史が育んだ有機的な上品さがあります。
この違いは、シンプルさの「理由」が違うからこそ生まれるものです。
なぜこの違いを知ることが大切なのかというと、腕時計を選ぶときの判断軸が変わってくるからです。
「シンプルな腕時計が好き」という方でも、機能的な合理性に惹かれているのか、品格のある節制の美学に惹かれているのかによって、選ぶべき一本がまったく変わってきます。
自分がどちらのシンプルさに共鳴しているかを知ることが、本当に長く愛用できる一本との出会いにつながるのではないでしょうか。
アール・デコとバウハウス、あなたはどちらの美意識に惹かれますか!?
ここまで、アール・デコとバウハウスという二つの美意識を、それぞれの背景と腕時計への影響という観点から見てきました。
ここで一度立ち止まって、視聴者様に伺いたいのですが、この2つの美意識、どちらに惹かれますか?
是非コメント欄から教えてくださいね。
そして、これは繰り返しになりますが優劣の話ではありません。
どちらが正しいかという話でもありません。
ただ、この問いに対する自分なりの答えを持っているかどうかが、腕時計選びの精度を大きく変えるんですよね。
まず、アール・デコに惹かれる方について考えてみましょう。
カルティエのタンクを手に取ったとき、その長方形のケースのラインに美しさを感じる。
文字盤の余白の取り方に品を感じる。
ブルースチールの針が持つ端正な表情に心が動く。
こうした感覚を持つ方は、腕時計に「装身具としての美しさ」を求めているといえます。
身につけることで自分の美意識を表現したい、あるいはその腕時計が持つ歴史的な背景や文化的な文脈に共鳴したい。
腕時計をジュエリーと同じ次元で語れる方、時代の美意識が凝縮されたものとして腕時計を捉える方は、アール・デコの世界に深く惹かれる傾向があります。
一方、バウハウスに惹かれる方はどうかって話ですが、ノモスのタンジェントを手に取ったとき、何もない文字盤の清潔さに美しさを感じる。
インデックスも装飾も最低限で、それでいて時間が一目でわかる合理性に惹かれる。
こうした感覚を持つ方は、腕時計に「道具としての完成度」を求めているといえます。
余計なものを一切持たない潔さ、機能を突き詰めた結果として生まれる美しさ、工業製品としての精度と合理性。
腕時計を精密な機械として捉え、その機能的な完成度に価値を感じる方は、バウハウスの美意識と深く共鳴することが多いんですよね。
ただ、実際に腕時計好きの方と話していると、この二つが截然と分かれるわけではないと感じることがよくあります。
カルティエのタンクにもバウハウス的なシンプルさを感じる方がいれば、ノモスのタンジェントにアール・デコ的な幾何学の美しさを見出す方もたくさんいらっしゃいます。
というか、そのモデルがかっこいいとか美しい・・・って自分が感じれるならどんなモデルだって正解ですからね。
このように二つの美意識は対立するものではなく、腕時計という世界の中で複雑に絡み合っているんですよね。
それでも、どちらの美意識により深く共鳴するかを意識することには、大きな意味があります。
「シンプルな腕時計が好き」という言葉一つをとっても、バウハウス的なシンプルさに惹かれているのか、スイスのドレスウォッチが持つ節制の美学に惹かれているのかによって、選ぶべき一本がまったく変わってきます。
自分の美意識の輪郭を知ることが、本当に長く愛用できる一本との出会いへの、最も確かな道筋になるのではないでしょうか。
というわけでいつも通り最後に、ベルモントルとしての視点をお伝えして、今日の話を締めくくりたいと思います。
ベルモントルの視点
ベルモントルでヴィンテージ腕時計をご案内するとき、私が大切にしているのはまさにこの「見えるものを増やす」という作業です。
価格や希少性の話ではなく、その腕時計が生まれた時代の背景、作り手が持っていた美意識、デザインの一つひとつに込められた哲学をお伝えすることで、手にされる方がその腕時計に対して持てる解像度を上げていく。
その結果として、「この一本でなければならない」という確信が生まれてくるんですよね。
アール・デコとバウハウス、どちらの美意識に惹かれるのか?に正解はありませんし、自分しか正解を知りません。
装飾の豊かさに心が動く方もいれば、機能の潔さに美しさを感じる方もいます。
大切なのは、自分がどちらの美意識に共鳴しているかを知ることです。
その答えがわかると、腕時計選びの軸が自然と定まってきます。
有名だから、資産性があるからという外側の理由ではなく、自分の美意識と深く重なる一本を選べるようになる。
これが、様式美を知ることが腕時計選びを変えるということの本質だといえます。
本日は「パリとドイツ、アール・デコとバウハウスが目指した美しさはこんなに違う」というテーマで解説してまいりました。