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記事: 腕時計を買うのは「時間」を買うことではない。「物語の続き」を買うことだ。

腕時計を買うのは「時間」を買うことではない。「物語の続き」を買うことだ。

動画でご覧になる方はこちらから⬇️

 

今の時代、正確な時間を知るだけならスマホで十分ですよね。

一秒の狂いもないデジタルな数字を、常に私たちは身につけています。

それなのに、なぜ私たちはわざわざ、数十年前に誰かが使っていた「不完全な機械」を腕に巻くのでしょうか。

それは、私たちが買っているのが単なる「時間」ではなく、その時計が刻んできた「物語の続き」だからです。

前のオーナーがどんな景色を見て、その時に腕時計はどう活躍してくれたのか?

その形跡を受け継ぎ、そこに自分の人生をさらに書き加えていく。

今日はですね、ヴィンテージウォッチを所有するという、最高に贅沢で知的な「所作」の本質について、私なりの考えをお話ししたいと思います。

 

 

「傷」は欠陥ではない。 それは、誰かが人生を謳歌した「記録」である

まず最初にこの動画で話しておきたいのは、腕時計は100人いれば100通りの見え方があります。

ある人は転売の商材に見えるし、ある人は資産に見えるし、ある人は工芸品に見えるし、ある人は文化財に見えます。

この文化財というのは、分かりやすく言うと『歴史や文化を伝える価値のあるもの』です。

先ほど出した、転売として見る以外は全部正解になりますので、問題ないのですが、今日の動画はこの文化財として見てある方、そういった視点を持ってものを購入をされる方と相性が良い話となっております。

ですが、そういった気持ちがあまり分からない方でも、エモい感じになってもらえると思いますので、そういったていで聞いてください。

ヴィンテージ時計を手に取ったとき、ケースに刻まれた細かな傷や、少しだけ色の変わった文字盤を見て、「中古品だから仕方ない」とネガティブに捉えてしまう方もいらっしゃるかもしれません。

ですが、私の視点は少し違います。

その傷こそが、その時計が「ただの機械」ではなく、「誰かの人生を共に歩んできた証」であるという、何よりの証明だと思うんです。

例えば、サントスのベゼルに刻まれた小さな打ち傷。

それは、かつてのオーナーがデート中にどっかにぶつけてしまったことにより、付いたものかもしれません。

あるいは、うっすらと焼けた文字盤は、子供とサッカーをしてた6年間、毎日着用してたことによる、輝かしい休暇の記憶を吸い込んでいるのかもしれません。

実態は想像することしかできませんが、こう想像すると、その傷の一つひとつが、傷ではなくて歴史に変わります。

もちろん、ベルモントルでは機械としての精度や清潔感は徹底的に整えます。

でも、その時計が歩んできた「時間」まで削り取ってしまうような過度な研磨は、極力避けるようにしています。

弊社の腕時計のオーバーホールの考え方については、こちらの動画で詳しく解説しておりますので、気になる方はご覧ください⬇️

 

話を戻しまして、なぜなら、ピカピカにして傷をゼロにするということは、その時計が何十年もかけて積み上げてきた「ストーリー」を0に戻してしまうことと同じだからです。

傷があるから価値が下がるのではなく、その傷を「味」として、あるいは「歴史」として楽しめる心の余裕。

それこそが、ヴィンテージを愛でる大人の醍醐味です。

完璧な新品にはない、どこか温かみのある佇まい。

分かりやすいところで言えば、サントスカレのクオーツモデルやヴィンテージのパンテールは当時の白文字盤がほんのり焼けて、優しいアイボリーになっています。

それは、かつて誰かが人生を楽しみ、喜びも悲しみも共に分かち合ってきたという、肯定の記録なんです。

皆さんが手にするその傷は、決して欠陥ではありません。

これから視聴者様が刻んでいく「新しい物語」を受け入れるための、つなぎのようなものだと、私は思っています。

 

 

「余白」のある時計。 ヴィンテージにしか存在しない、書き込み可能なストーリー

現代の最新モデルの時計を手に取ると、その完成度の高さに圧倒されますよね。

非の打ち所がないほど完璧に磨き上げられ、寸分の狂いもありません。

それはそれで機能も防水性もあって申し分ないんですが、あまりに完璧すぎて、どこか「完成されたもの」を遠くから眺めているような、少し違和感を感じることはないでしょうか。

私がヴィンテージウォッチのカルティエやロレックスに強く惹かれるのは、そこに良い意味での「余白」があるからです。

この「余白」とは、単にデザインがシンプルだということではありません。

要するに「隙」というのは、不完全ってことですよ。

有村架純さんや浜辺美波さんが可愛くて綺麗なのは理解できますが、完璧すぎて隙がないわけですよ。

それよりは、ちょっと抜けてる感じのある女性の方が親しみやすいというか、好感が持てるってニュアンスに近しいかなぁって思います。

話を戻しまして、腕時計もこの隙があるからこそ、手にした瞬間に自分の肌にスッと馴染み、これから自分が刻んでいく日常を受け入れてくれるような包容力を感じるのです。

前のオーナーたちが書き残した物語の続きに、今度は視聴者様が、自分の人生を書き加えていく。

この「続きを書ける余白」こそが、ヴィンテージを所有する最大の醍醐味だと私は考えています。

例えば、この時計を着けて大切な決断をした日、あるいは愛する人と過ごした穏やかな午後。

そうした何気ない一瞬一瞬が、時計の持つ「余白」に新しい彩りとして重なっていきます。

数年後、ふと時計を眺めたとき、そこには前のオーナーの歴史と、あなた自身の歴史が美しく溶け合った、世界にたった一つの物語が完成しているはずです。

完璧ではないからこそ、愛おしい。

完成されていないからこそ、共に歩める。

そんな「余白」のある時計を腕に纏うことは、効率ばかりが求められる現代において、自分だけの物語を作ることが出来る数少ないアイテムではないでしょうか。

 

投資対象として見るか、人生のパートナーとして見るか。

最近、時計を「資産」や「投資対象」として語る場面を見ることが本当に増えました。

ロレックスやカルティエの相場が上がり、売却価格を気にするのは当然ですし、それがきっかけでヴィンテージの世界に興味を持つことも一つの入り口だとは思います。

ですが、もし時計を「投資」という物差しだけで測ってしまうなら、その時計との付き合い方は、窮屈でつまらないものになってしまうと私は感じています。

投資だと割り切ってしまうと、どうしても「傷をつけたくない」「価値を下げたくない」というブレーキがどこかでかかります。

分かりやすく言うと、今作られているロレックスは50年後にはヴィンテージになりますが、おそらく50年後はコンディションの良い個体がたくさん流通してるはずです。

なぜなら、投資として持ってる人はたくさんいますし、そういった方はまず使わないからです。

資産価値を守るために時計を過保護に扱い、結局売る日が来るまで金庫やケースの中で眠らせておく。

それは、時計屋である私からすれば、その時計が持つ本来の輝きを奪っているようでもったいないと感じてしまうのです。

補足説明になりますが、基本的には私がどう思っていようが購入された人が好きに扱えば良いですよね。

外野である私が、自分の価値観を無理矢理押し付けるなんてことは、相手からすればお門違いなわけですよ。

ですので、ベースとしては資産として捉えられても全く問題ございません。

ただ、私はこう思っていますってのをお話ししただけってことですね。

話を戻しまして、若い方は分かりにくいかもしれませんが、昔の漫画で『スラムダンク』という作品があったのですが、その中で主人公がめちゃくちゃレアなエアジョーダンを見つけるシーンがあるんですよね。

そのエアジョーダンは本当にコンディションが良くて、ほぼ新品の状態で店頭に飾られていたんです。

ですが、結局その主人公が実際にそれを買って使う!という風になっていくんですよ。

靴屋の店長さんも最初はめっちゃ嫌そうな感じだったんですが、「飾っておくより、使ってくれる人がいるのであればそっちの方がいい」ということで、それを引き渡したわけです。

だから私は、この感覚に近いものがあるんじゃないかなと思うんですよね。

時計の本当の価値は、投資の利回りではなく、視聴者様の腕元でどれだけ「実用」され、あなたの日常にどれだけ馴染んだかという「活用価値」にあるはずです。

仕事で大きな壁を乗り越えるとき、大切な人と食事をするとき、あるいは一人で静かに本を読むときとかですね。

その傍らにその時計があり、ふとした瞬間に目を落として、そこで得られる「自分のスタイルが完成している」という高揚感や納得感こそが、時計が与えてくれる最大の「リターン」ではないでしょうか。

普段の動画でも常に言ってますが、資産は資産。

要するに、株や金で持てば良いし、資産と腕時計を混ぜこぜにする必要はないんですよね。

もちろん、私が厳選しているようなヴィンテージウォッチは、結果として価値が落ちにくいという側面はあります。

でも、それはあくまで「使い倒した後の副産物」です。

最初から出口の価格ばかりを気にするのではなく、「この時計と一緒にどんな時間を過ごしたいか」を基準に選ぶ。

そうして「人生のパートナー」として迎えた一本は、たとえ傷が増えたとしても、視聴者様にとって代えがたい存在になっていくはずです。

数字とか価格の上下に一喜一憂するのではなく、自分の感性を信じて選んだ時計と共に歳を重ねる。

それこそが、ヴィンテージウォッチを手にする一番の贅沢であり、最も「価値のある投資」だと、私は信じています。

 

 誰かの「かつて」を、あなた様の「これから」に変える楽しみ

『時計を買うのは、時間ではなく物語の続きを買うこと』

今日お話ししてきたこの言葉は、ベルモントルが最も大切にしている哲学です。

正確な時間はスマホが教えてくれるこの時代に、あえて古い機械式時計を選ぶ。

それは、単に中古品を安く買うことではなく、かつて誰かが大切にしてきた「時間」を視聴者様が引き継ぎ、そこに自分らしい新しい物語を書き加えていくという、とても趣がある行為です。

傷を歴史として受け入れて、小さなケースの中に広がる宇宙を楽しみ、資産価値を超えたパートナーとして共に歩む。

そんな風に時計と付き合えるようになると、日常の景色は少しだけ、今よりも豊かに見えてくるはずです。

ベルモントルに並ぶ時計たちが、視聴者様の人生の新しい門出を彩る一助となれば、これほど嬉しいことはありません。

 

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