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記事: カルティエ/CARTIER【サントス白文字盤コンビモデル】Ref.2961を修理する映像

カルティエ/CARTIER【サントス白文字盤コンビモデル】Ref.2961を修理する映像

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サントスカレの構造的特徴と「固着ネジ」の恐怖

カルティエの現代にまで続く代表モデルの一つである「サントスカレ」は、その洗練されたデザインとは裏腹に、オーバーホールを担当する職人にとっては非常に神経を使うモデルです。

その最大の理由は、この時計が持つ**「高い防水性を実現するための特殊な構造」**にあります。

防水性と経年劣化のジレンマ

サントスカレ ケースとベゼルとビスの構造

サントスカレは、ベゼルを8本のネジで固定することで高い密着性を保ち、優れた防水性能を発揮する構造になっています。

しかし、製造から40年近く経過したヴィンテージ個体の場合、この「ネジ留め」が大きな障壁となります。

ネジは直接肌に触れる部分にあるため、長年の使用による汗や皮脂が原因で**「錆による固着」**が発生しやすいのです。

固着した場合の莫大な修理リスク

もしネジが錆びて回らなくなってしまった場合、修理工程は一気に困難を極めます。

  • 油の浸透: まずは油を差して錆が緩むのを待ちますが、それでも動かない場合は、ドリルでネジの真ん中に穴を開けて無理やり除去する「破壊的処置」が必要になります。

  • パーツの特注: 破壊したネジは再利用できません。しかし、40年前の特殊なネジは市販されておらず、メーカーにも在庫がない場合がほとんどです。その結果、ステンレスを削り出してネジを1本ずつ**「手作り(新規製作)」**しなければなりません。

  • 費用の高騰: ネジの製作には1本あたり1万〜3万円程度の追加費用がかかります。8本中4本が固着していれば、ネジ代だけで12万円。これに基本のオーバーホール料金が加算されると、修理代が15万〜20万円に達することもあります。

職人の森氏は、「安く販売されている個体には、こうしたメンテナンスリスクが隠れている可能性がある」と警鐘を鳴らしています。

定期的にオーバーホールされ、ネジの状態が良い個体を選ぶことが、結果的に長く安心して使い続けるための鍵となります。


驚愕の「脱着」プロセス:破壊と紙一重の構造

オーバーホール作業は、ムーブメントをケースから取り出すところから始まります。

サントスカレのケース構造は非常に特殊で、一般的な時計とは異なる「職人の度胸」を試されるような工程が存在します。

「押し取り」ボタンのない設計

通常の時計であれば、ケースの裏側から「押し取り」というパーツを押し、リューズ(竜頭)を抜いてからムーブメントを取り出します。

しかし、サントスカレは裏蓋がない「ワンピース構造」に近い設計のため、外側からリューズを抜くための操作ができません。

衝撃的なリューズの引き抜き

ここで驚くべき手法が採られます。

なんと、**「リューズを力一杯引っ張って引きちぎるように抜く」**のです。

初めて見る人には時計を壊しているようにしか見えない光景ですが、これはサントスカレにおける「正常な分解手順」です。

この時計には**「ジョイント式の巻き芯(スプリット・ステム)」**が採用されています。

リューズ側の軸とムーブメント側の軸が、いわば「クワガタのハサミ」のような形状で噛み合っており、強い力で引くことでパチンと外れる仕組みになっています。

動画内でも、リューズが抜けた瞬間に撮影者が驚愕する場面がありますが、これは職人が構造を熟知しているからこそできる、迷いのない作業なのです。

 


超小型ムーブメント「ETA 2671」の精密分解

ケースから取り出されたのは、レディースモデルに多く採用されている自動巻きムーブメント**「ETA社製 Cal.2671」**です。

この小さな機械の中に、時計としてのすべての機能と自動巻きの機構が凝縮されています。

 

自動巻きユニットの分解

森氏は慎重に自動巻きユニットを外していきます。

  • ベアリングの重要性: ローターの回転を支える5つの小さなボールベアリングがスムーズに動くかどうかが、巻き上げ効率を左右します。レディースモデルはローター自体が軽いため、ここが汚れると極端に精度が落ちる原因となります。

  • リバーサー(切り替え車)の扱い: 自動巻きの回転方向を整える「リバーサー」は、非常に繊細なパーツです。メーカーのマニュアルでは「洗浄禁止・注油禁止」とされていることも多く、汚れや錆がひどくない限りは、現状の絶妙な油膜を維持するためにあえて洗わないという判断も必要になります。

 

 

職人の経験値がモノを言う世界

分解を進める中で、森氏は「秒針停止レバー(規正レバー)」などの紛失しやすい小さなパーツに注意を払います。

「理論や分析だけでなく、数をこなすことで『どこで問題が起きやすいか』を体験することが、ミスのない修理に繋がる」 そう語る森氏の手さばきには、数百、数千の時計と向き合ってきた熟練の技が宿っています。

 


汚れの「可視化」と伝統的な洗浄技法

分解を終えたパーツは洗浄工程に入りますが、単に機械にかけるだけでは不十分なケースがあります。

今回の個体でも、一見きれいに見えたパーツの裏側に、長年蓄積された「劣化した油」の姿が顕微鏡によって暴き出されました。

 

スイス製オイルの特性と固着

顕微鏡で拡大すると、パーツの表面に白い粉のような付着物が見て取れます。

これは数年から十数年前に差されたオイルが乾燥・酸化し、固形化したものです。

  • オイルの寿命: スイス製の高級オイルであっても、理想的な潤滑状態を保てるのは3〜5年程度です。5年、10年と放置されると油は粘土状になり、最終的には硬い「壁」となって歯車の回転を阻害します。

  • 振り角への影響: この汚れが抵抗となり、本来280°〜300°程度振るべきテンプの「振り角」が240°程度まで落ちていました。これを完璧に除去しなければ、精度の安定は望めません。

 

 

「人毛(じんもう)」を使った伝統の刷毛

洗浄において、森氏が取り出したのは特殊な刷毛(はけ)です。ここには時計修理の歴史と知恵が詰まっています。

  • 素材のこだわり: 刷毛には馬の毛や、驚くべきことに「人毛(女性の髪の毛)」が使われることがあります。

  • なぜ人毛なのか: 化学繊維では硬すぎてパーツに傷をつける恐れがあり、かつ薬品に対する耐性が低いという欠点があります。一方で人毛は、適度なコシと柔軟性を持ち、洗浄液の中でも性質が変わりにくいという、精密機械の洗浄において理想的な特性を持っているのです。

森氏はベンジン等の洗浄液を用い、超音波洗浄機でも落ちきらない固着汚れを、この刷毛を使って手作業で丁寧にかき出していきます。

「機械任せにせず、肉眼と顕微鏡で汚れが落ちたことを確認する」という工程が、オーバーホールの質を決定づけます。

 

 


緻密な再構築:注油の使い分けと毛細管現象

洗浄が完了し、輝きを取り戻したパーツを組み立てる工程は、まさに「ミクロのパズル」です。

ここでは、ただ組むだけでなく、パーツの役割に応じた「油の使い分け」が重要になります。

 

4種類のグリス・オイルの使い分け

森氏は、粘度の異なる4種類の油脂を場所によって厳格に使い分けます。

  • サラサラの油(低粘度): ガンギ車や4番車など、高速で回転し、力が弱い末端の歯車に使用。

  • 重めのグリス(高粘度): 2番車など、ゼンマイの強い力が直接かかる、低速で高トルクな場所に。

  • 中間層の油: それらの役割をバランスよく補う場所に使用。

毛細管現象を利用した注油技術

驚くべきは、パーツを組み上げた「後」に行う注油です。 歯車を支える「石(穴石)」は、お皿のような窪みを持った形状をしています。

この窪みに油を置くと、**「毛細管現象」**によって油が自動的に軸の奥深くまで吸い込まれていきます。

 この時、多すぎれば漏れ出して汚れの原因となり、少なすぎれば焼き付きの原因となるため、職人は顕微鏡を覗きながら「0.01mm単位の油の量」をコントロールしています。

 

「ホゾ(軸先)」への細心の注意

歯車の軸の先端である「ホゾ(漢字では『歩曾』、出っ張っていることから『へそ』とも呼ばれる)」は、レディースモデルでは髪の毛ほどの細さしかありません。

受け(プレート)を被せる際、このホゾが穴に完全に入っていない状態でネジを締めると、一瞬で軸が折れてパーツが全損します。

森氏は、ネジを完全に締める前に歯車を軽く動かし、すべての「連動」を確認する「仮締め」のステップを絶対に変えません。

 


自動巻きの宿命「連れ回り」との戦い

組み立てが終盤に差し掛かった際、自動巻き時計特有のトラブルが確認されました。それが**「連れ回り(共回り)」**現象です。

異常の発見

リューズを巻いて手動でゼンマイを巻き上げようとした際、内部の「ローター(回転錘)」が一緒にぐるぐると高速回転してしまう現象が起きました。

  • 原因: 通常、自動巻き機構には「切り替え車(リバーサー)」というパーツがあり、手巻きの力と自動巻きの力が干渉しないよう制御しています。しかし、この内部の小さなバネや爪の噛み合わせが、油の粘度不足や微細な汚れで狂うと、手巻きの力がローターまで伝わってしまいます。

顕微鏡下の修正作業

「これはちょっとやり直しですね」 森氏は、一度組み上げた自動巻きユニットを再度分解し、顕微鏡下での微調整に入ります。

特にETA 2671のような小型ムーブメントでは、この切り替え車の不具合が起きやすく、繊細な注油と部品の馴染ませが必要になります。

「お客様がリューズを巻いた時にローターが回ってしまったら、それは不完全な修理です」 この妥協のない姿勢こそが、単なる作業員と「職人」の境界線です。

数十分にも及ぶ格闘の末、ローターは静止したままゼンマイだけが力強く巻き上がる状態へと修正されました。

 


カレンダー機構の再構築と「パーツの迷子」

ムーブメントの表面(裏輪列側)が整った後は、カレンダー(日車)周りの組み立てに入ります。

サントスカレのレディースサイズは非常に小さいため、カレンダーを制御するパーツ一つひとつが米粒よりも小さく、紛失や破損のリスクが常に付きまといます。

「規正レバー」と「日送り」の複雑な連動

カレンダー機構において特に重要なのが、リューズを引いた際に秒針を止める「規正レバー」と、日付をジャンプさせる「日送り車」のセッティングです。

  • 紛失の恐怖: 森氏は「このパーツは油断しているとすぐにどこかへ飛んでいってしまう」と、ピンセットの力加減に細心の注意を払います。

  • メーカーによる設計の違い: 同様のETAムーブメントでも、ブランド(オリスなど)によってはこのレバーが入っていないモデルもあり、職人には「その時計の本来の姿」を熟知していることが求められます。

カレンダーの「パチッ」という切り替え

ロレックスなどの「瞬間日送り」とは異なり、このETA 2671はバネの先端が出っ張りに溜まってから一気に弾ける構造です。

森氏はカレンダーホイールを指先で慎重に回し、日付が切り替わる際の「音」と「感触」で、バネの張力が適正かどうかを確認します。

少しでも油が多すぎたり、バネの掛かりが浅かったりすると、日付が途中で止まってしまう原因になるため、ここは顕微鏡を併用して確実に追い込みます。

 


針の取り付け:0.1mmのクリアランスを巡る攻防

ムーブメントが完璧に仕上がっても、最後に待ち受ける「針入れ(針の取り付け)」という難所があります。これは単に針を刺すだけの作業ではなく、時計の視認性と動作の安定性を決定づける極めてアナログかつ精密な工程です。

12時位置の同期(シンクロ)

カレンダーが切り替わる瞬間に短針・長針が「12時」を指すよう、タイミングを合わせて針を置いていきます。メーカー基準では「前後15〜20分以内」であれば許容範囲とされることもありますが、森氏のこだわりはさらにその先を行きます。

  • 職人基準: 森氏は「前後3〜5分以内」に収まるよう、何度も針を抜き差しして調整します。今回は5分以内、実質的には数秒単位のズレにまで追い込み、完璧な同期を実現しました。

3層の「水平」を保つ

時針、分針、秒針の3本が、文字盤の上で互いに、あるいは文字盤やガラスに接触することなく回らなければなりません。

  • 接触のリスク: わずかでも針が斜めについていれば、針同士が重なった瞬間に摩擦で時計が止まってしまいます。

  • 目視による水平確認: 森氏は時計を横から覗き込み、3本の針が「完璧な平行」を保っているかを確認します。レディースモデルのサントスカレは、文字盤とガラスの間の空間(クリアランス)が非常に狭いため、この作業は文字通り「0.1mm単位」の精度が求められます。


ケーシングと最終確認:蘇るサントスカレ

すべての調整が終わると、ムーブメントをケースの中へと戻す「ケーシング」が行われます。ここでも、サントス特有の「あの作業」が繰り返されます。

リューズの結合と防水パッキン

分解時に「引きちぎった」ジョイント式の巻き芯を、今度は「押し込む」ことで結合させます。「パチン」という手応えとともにリューズが噛み合うと、再びスムーズな操作が可能になります。同時に、ベゼル裏のガラスパッキンや裏側のネジ穴にゴミが噛んでいないかを顕微鏡で最終チェックします。

8本のネジと「対角線締め」

冒頭で語られた「固着リスク」の根源であるベゼルネジ。これを閉める際、森氏は自動車のホイールを締める時のように「対角線順」に少しずつ締めていきます。

  • 均等なトルク: 一箇所を一気に締めると、ベゼルに歪みが生じ、防水性が損なわれるだけでなく、最悪の場合はサファイアガラスが割れることもあります。8本すべてを均等に締め上げることで、サントス本来の堅牢な防水構造が完成します。

蘇った「振り角300°」

最後にタイムグラファー(精度測定器)にかけると、洗浄前は「240°」だった振り角が、「280°から300°」という新品時に近い力強い数値を示しました。これは、内部の汚れが完全に除去され、注油されたオイルが理想的な潤滑を果たしている証拠です。

 


安心できる場所で購入するということ

オーバーホールの全工程を終え、サントスカレは再び40年前のような輝きと精度を取り戻しました。動画の最後で強調されているのは、「メンテナンスの質」が時計の寿命を決めるという事実です。

サントスカレのような特殊なケース構造を持つ時計は、一度メンテナンスを怠ってネジが固着してしまえば、多額の修理費用がかかるだけでなく、最悪の場合は修理不能に陥ることもあります。「安いから」という理由だけで状態の悪い個体を選ぶことは、将来的に大きなリスクを背負うことに他なりません。

熟練の職人である森氏の手によって、一つひとつの工程に経験と判断が積み重なり、丁寧な仕事が施された個体。それこそが、次の40年も使い続けられる「本物」のヴィンテージウォッチなのです。

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