スマートウォッチが進化するほど、ヴィンテージウォッチの価値が上がる理由
こんにちは、ベルモントルの妹尾です。
本日の動画では、スマートウォッチが進化するほど、ヴィンテージウォッチの価値が上がる理由、という内容で解説して参ります。
Apple Watchをはじめとするスマートウォッチの普及は、この10年で劇的に進みました。
健康管理・通知・決済・ナビゲーション。生活のあらゆる場面に溶け込んでいて、今や多くの方の手首にある存在になっています。
そしてその機能は、毎年のアップデートごとに着実に進化し続けています。
そういう時代に、なぜヴィンテージウォッチの価値が上がるのか。
一見すると逆説的に聞こえるかもしれません。
高機能なものが普及すれば、アナログなものは淘汰されていくはずだ、という発想は自然なものだと思います。
ただ実際には、スマートウォッチが進化するほど、ヴィンテージウォッチが持っている価値の種類が際立っていく、という現象が起きているんですよね。
それはなぜか。
この動画を見ているということは、なんとなくですが既に分かってらっしゃるかもしれません。
ですが、今日はその曖昧な理由を、できるだけ具体的にお伝えして参ります。
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それでは話を進めて参ります。
スマートウォッチが象徴しているもの
まずスマートウォッチというものが、何を象徴しているのかという話から整理していきましょう。
スマートウォッチが登場した背景には、「時計をもっと便利にしたい」という発想があります。
時間を確認するだけの道具だったものに、通知・健康管理・決済・音楽再生といった機能を加えていきました。
その進化の方向性は一貫していて、「いかに人間の生活を効率化するか」という軸で設計されています。
つまりスマートウォッチが象徴しているのは、効率・合理性・最適化という価値観です。
この価値観は、現代社会の空気と非常に相性が良いですよね。
時間は有限で、できるだけ無駄なく使いたい!
健康データや睡眠時間をリアルタイムで把握して、自分の健康状態を最適化したい。
そういう発想が自然に受け入れられる時代に、スマートウォッチは登場して、急速に普及していきました。
もう一つスマートウォッチが象徴していることがあって、それは「常に更新されるもの」という概念です。
毎年新しいモデルが登場して、ソフトウェアはアップデートされ続けます。
当たり前ですが去年のモデルは今年のモデルより機能が劣ります。
だから買い替えが前提になっています。
スマートウォッチを持ってない方も多いと思いますので、イメージとしてはアイフォンやスマホの買い替えと同じですよね。
これは現代のテクノロジー製品全般に共通する考え方で、スマートウォッチもその文脈の中にあります。
最新であることに価値があって、古いものは陳腐化していきます。
この「更新され続けるもの」という性質が、スマートウォッチの本質的な特徴の一つだと思っています。
スマートウォッチを批判したいわけではまったくないんですよね。
効率と合理性を追求することは、現代の生活において非常に重要な価値観です。
そして、その自分の状態を1日何円かを払って手にすることが出来るのあれば、それはある人にとっては価格以上の価値がありますからね。
ただその価値観と、ヴィンテージウォッチが持っている価値観は、根本的に異なる方向を向いているという話をしたいんですよね。
よって次は、ヴィンテージウォッチが象徴しているもの!という事について解説して参ります。
ヴィンテージウォッチが象徴しているもの
その反面、ヴィンテージウォッチが象徴しているものは何か?という話をしていきます。
一言で表すとすれば、ヴィンテージウォッチが象徴しているのは「時間の重さ」だと思っています。
どういうことかというと、ヴィンテージウォッチには作られた時代の文化・技術・美意識が凝縮されています。
1970年代のカルティエには、当時のフランスの美意識が宿っています。
同じ時代のパテックフィリップ、オーデマ ピゲ、ヴァシュロンコンスタンタンには、スイスの職人が当時持っていた技術の粋が詰まっています。
その腕時計を手首に巻くとき、単に時間を確認するための道具を巻いているのではなく、その時代の空気を纏っているという感覚があるんですよね。
スマートウォッチが「今を最適化するもの」であるとすれば、ヴィンテージウォッチは「時間の軸を豊かにするもの」だと思っています。
過去から現在、そして未来へと続く時間の流れの中に、自分を置いてみるような感覚といえるかもしれません。
もう一つ重要なのは、ヴィンテージウォッチは「更新されない」という点です。
スマートウォッチとは真逆で、作られた瞬間の状態がそのまま時間をかけて熟成されていきます。
新しいモデルが出ても、1970年代のオーデマ ピゲの価値が下がるわけではありません。
むしろ時間が経つほどに、その腕時計が持っている物語が積み重なっていきます。
この「更新されないことに価値がある」という概念は、スマートウォッチの世界とは完全に逆の発想です。
スマートウォッチは古くなることで価値を失いますが、ヴィンテージウォッチは古くなることで価値を深めていきます。
この方向性の違いが、2つの時計が象徴しているものの根本的な差だと思っています。
要するに、常に最新のものを持ち続けるために、買い替えを続けるアイテムか、一度購入したらそれが深まっていくアイテムか。
そう言い換えることも出来ます。
さらに言うと、ヴィンテージウォッチには「代替不可能性」があります。
同じ個体は世界に2つとして存在しません。
文字盤の経年変化、ケースのコンディション、その時計が辿ってきた来歴などなど。
そういった要素が重なって、唯一無二の存在になっていきますよね。
スマートウォッチは同じモデルであれば世界中に同じものが存在しますが、ヴィンテージウォッチは一点一点が異なる個性を持っています。
これは単なる希少性の話ではなくて、「自分だけのものを持つ」という感覚の話です。
量産されたものではなく、時間という最も平等に与えられたものが作り出した、唯一の存在を手首に巻く。
また、スマートウォッチはオーナーが3人程度変わったらおそらくそれは、かなり古い型になってしまいますが、ヴィンテージウォッチが凄いのが50年前の型(モデルのことですね)であっても、普遍的なモデルであれば、現代でも十分通用するということです。
その感覚が、ヴィンテージウォッチが所有している核心にあるんじゃないかと思っています。
では次に、【スマートウォッチ】【ヴィンテージウォッチ】これら2つの決定的な違い!という内容で解説します。
【スマートウォッチ】【ヴィンテージウォッチ】これら2つの決定的な違い
ここまでそれぞれが象徴しているものを解説してきました。
ではこれら2つの決定的な違いはどこにあるのか、という話をします。
一番大きな違いは、「何のために腕に巻くのか」という目的の違いです。
スマートウォッチを巻く理由は、多くの場合「今の自分をより良くするため」です。
歩数を記録して健康を管理する、通知を見逃さないようにする、決済をスムーズにする!
いずれも「現在の自分の生活を最適化する」という目的に向かっています。
要約すると、無駄を削ぎ落とし効率性に比重を置いた考えです。
一方でヴィンテージウォッチは、当たり前ですが、ヴィンテージウォッチの場合は、精度はズレるし防水はないし、などなど機能や合理性という側面から見れば、全く使えたものではありません。
ではどこに巻く理由があるかと言いますと、「自分の時間軸を豊かにするため」という方向に向かっていることが多いと思っています。
この時計がどういう背景で作られたのか、どういう人の手を経てきたのか、自分がこの時計を選んだ理由は何か?
そういう問いを持ちながら巻くものですよね。
つまりスマートウォッチは「外側の効率」に向かっていて、ヴィンテージウォッチは「内側の豊かさ」に向かっているという違いがあるんじゃないかと思っています。
もう一つの決定的な違いは、「時間との関係性」です。
スマートウォッチは時間を細かく管理します。
何時に何をするか、どのくらいの時間をかけたか、どれだけ効率的に動けたか。
時間を「管理・制御する対象」として捉えているんですよね。
ヴィンテージウォッチはその逆で、時間に対してどこか敬意を払うような関係性があると感じています。
数十年前に作られた時計が、今も動いている。
その事実の中に、時間というものの重さが凝縮されているんですよね。
時間を管理するのではなく、時間の流れの中に自分を置くような感覚といえるかもしれません。
三つ目の違いは、「変化の方向性」です。
前述した通り、スマートウォッチは進化するほど古いモデルの価値が下がっていきます。
よって必然的に、2年前のモデルは今年のモデルより機能が劣るという評価になります。
これは仕方のないことで、テクノロジー製品の宿命といえます。
ヴィンテージウォッチはその逆の方向に変化していきます。
時間が経つほどに希少性が増して、その時計が辿ってきた時間の重さが価値として積み重なっていきます。
50年前に作られた時計が、今の時代に新品より高い価値を持つことがあります。
これはテクノロジー製品では絶対に起きない現象です。
この3つの違いを整理すると、スマートウォッチとヴィンテージウォッチは、同じ「時計」という言葉で語られていても、まったく別の哲学の上に成り立っているということが見えてくるんじゃないかと思っています。
では次に、どちらが正しいかという話ではない!という事について解説して参ります。
どちらが正しいかという話ではない
ここまでの話を聞いて、「スマートウォッチを否定しているのか?」と感じた方もいるかもしれません。
そこについて、正直にお伝えしておきたいと思っています。
まず私がヴィンテージウォッチを販売しておりますので、これらを比較した時にヴィンテージウォッチが上がるように説明してしまいます。
実際に私は、新品の腕時計よりも、スマートウォッチよりもヴィンテージウォッチの方がいいと考えていますからね。
それを踏まえて、フェアに見るのであれば、スマートウォッチとヴィンテージウォッチは、どちらが正しいという話ではありません。
この2つは競合しているのではなく、まったく別の問いに答えているものだと思っています。
実際に、スマートウォッチとヴィンテージウォッチを両方持っている方は少なくないんですよね。
運動するときや仕事中はApple Watchを使って、週末や特別な場面ではヴィンテージウォッチを巻きますよね。
私もランニングをする時には、ガーミンの圧倒的に防水が効いた腕時計を着用してましたし、何も身体に負荷がかからない時にはヴィンテージウォッチというように使い分けていました。
ガーミンの時計は、過去形で話しましたがここ3ヶ月週に最低でも3回はランニングしてるので、また買おうかなぁ・・・・って思っています。
話を戻しまして、この使い分けは非常に合理的で、2つの時計が持っている異なる価値を、それぞれの場面で最大限に活かしているといえます。
ただ一つ考えてほしいのは、「腕に何かを巻く理由」が自分の中で明確になっているかどうかです。
効率や利便性を求めてスマートウォッチを選ぶなら、その選択は非常に理にかなっています。
その反面、時間の重さを纏いたい、自分の時間軸を豊かにしたい、唯一無二のものを手首に載せたいという気持ちがあるなら、その問いに答えてくれるのはヴィンテージウォッチなんじゃないかと思っています。
というか、ほとんどの方がスマートウォッチのところで満足して止まってしまってるので、ヴィンテージウォッチまで来れてないんじゃないかなぁって考えています。
ヴィンテージウォッチが持つ魅力に気がついてもらえた時には、やはりまぁまぁの割合の方が使い分けるようになると思うんですよねぇ。
そして、ここで少し興味深い現象の話をしたいと思っています。
スマートウォッチが普及すればするほど、ヴィンテージウォッチへの関心が高まっているという側面があります。
これはなぜかというと、スマートウォッチが「効率」という価値を極限まで突き詰めたことで、逆に「効率では満たされない何か」を求める気持ちが可視化されてきたからじゃないかと思っています。
誰もが同じスマートウォッチを手首に巻いている時代だからこそ、自分だけの時間の重さを持った時計を選ぶことの意味が、際立って見えてきます。
要するに、みんながアイフォンを持って、皆がアップルウォッチを身につけて、みんながスーツを着てたら、みんな同じ人になっちゃうんですよね。
だからそこには個性がなくなっちゃうんですよ。
こう言ったことから、スマートウォッチの進化は、皮肉なことにヴィンテージウォッチが持っている価値の種類をより鮮明に浮かび上がらせているんですよね。
だからスマートウォッチとヴィンテージウォッチは、対立するものではなくて、互いの存在が互いの価値を際立たせ合っている関係にあるんじゃないかと思っています。
では最後に、私の考えをまとめます!という事について解説して参ります。
私の考えをまとめます
今日お伝えしたことをまとめます。
スマートウォッチが象徴しているのは、効率・合理性・最適化という価値観です。
今の自分を合理的に、より良くするための道具として、常に進化し続けています。
一方でヴィンテージウォッチが象徴しているのは、時間の重さ・意味・継承という価値観です。
更新されないからこそ、時間が経つほどに価値が深まっていきます。
この2つは競合しているのではなく、まったく別の問いに答えているものだと思っています。
スマートウォッチが「今をどう生きるか」に答えているとすれば、ヴィンテージウォッチは「自分の時間軸をどう豊かにするか」に答えているんですよね。
言い方を変えるのであれば、スマートウォッチは効率的に生きていく心の豊かさを提供してくれるのに対して、ヴィンテージウォッチは日々を愉しむ心の豊かさを提供してくれていると思います。
そしてスマートウォッチが進化するほど、効率では満たされない「意味」や「時間の重さ」を求める気持ちが可視化されていく。
それがヴィンテージウォッチの価値を際立たせていく理由だと思っています。
腕に何かを巻く理由が、効率以上のものになったとき、そのときに選ぶ一本を、ベルモントルで一緒に探していただけると嬉しいです。