パテック フィリップとリシャール・ミルどっちが格上?"歴史"と"新興"という対極の出自
こんにちは、ベルモントルの妹尾です。
本日は「パテック フィリップとリシャール・ミル、どっちが上?"歴史"と"新興"という対極の出自」という内容でお話しして参ります。
どちらも独立系の最高峰ブランドとして名前が挙がる、パテック フィリップとリシャール・ミルですがこの2つのブランド、生まれた背景を比べてみると、まったく異なる道のりを歩んできているんですよね。
一方は約185年という長い歴史を積み重ねてきたブランドで、もう一方はまだ20年余りという、比較的新しいブランドです。
年数だけを見れば、圧倒的な差があるように感じますよね。
そして、リシャールミルの腕時計が高すぎることから、「結局どちらが上なのか」という問いは、時計好きなら気になる部分だと思います。
ですがこの問いに答えるには、単純な優劣ではなく、それぞれがどうやって今の評価を築いてきたのかを知る必要があるんですね。
そして、1番最後のパートに私なりのリシャールの今後どうなっていくか?の考察を入れています。
このことについて、皆様もどう思われるかを是非コメント欄から教えてくださいね👍
というわけで今回は、この2つのブランドの出自から、その答えを一緒に見ていきましょう。
それでは話を進めて参ります。
1839年、家族経営から始まったパテック フィリップの積み重ね

パテック フィリップの歴史は、1839年に遡ります。
ポーランド出身のアントワーヌ・ノルベールド・パテックが、時計師フランソワ・チャペックとともに「パテック・チャペック社」を設立したのが、その始まりなんですよね。
その後チャペックが抜け1845年、フランス人時計師のジャン・アドリアン・フィリップと出会い、彼が発明した「鍵なしで巻ける」リューズ式の巻き上げ機構が高く評価されたことをきっかけに、1851年、現在の「パテック フィリップ」というブランド名が確立されました。
創業当初から、王侯貴族や実業家といった顧客に愛用され、複雑機構の分野で数々の傑作を生み出してきたパテック フィリップですが、その歴史における大きな転換点が、1932年に訪れます。
ジュネーブで文字盤会社を経営していたスターン兄弟が、パテック フィリップを買収したのです。
要するに、今のパテックフィリップは元々は腕時計の文字盤を作っていた会社が前身にあるんですね。
これ以降、パテック フィリップはスターン家による家族経営が続いており、大手資本グループに属さない、ジュネーブで最後の独立系時計メーカーとして、今日まで歩みを続けてきました。
つまりパテック フィリップという名前の重みは、一朝一夕で作られたものではなく、約185年という長い年月と、複数の世代にわたる家族経営、そして現代にまで続く複雑機構を作る事が出来る技術力によって、少しずつ積み重ねられてきたものなんですよね。
他社と大きく違うところが、パテック フィリップが創業以来、すべての顧客の記録を台帳として保管し続けているという点です。
数百冊にも及ぶというこの台帳は、単なる販売記録ではなく、時代ごとの証言者として、ブランドの歴史そのものを裏付ける資料になっているんですよね。
一本の時計を作るだけでなく、その記録を100年以上にわたって守り続けるという姿勢そのものが、パテック フィリップという名前に宿る、時間の重みを物語っているといえるでしょう。
こうした積み重ねは、短期間で真似できるものではありません。
だからこそパテック フィリップの"格式"は、歴史という、誰にも奪うことのできない土台の上に築かれているんですよね。
もっと詳細な歴史を知りたい方は、こちらの『腕時計界の御三家!パテックフィリップ社の歴史と魅力と代表作』の中で解説しておりますので、こちらからご覧くださいませ⬇️
では次に、リシャールミルの話をするんですが、リシャールはベルモントルでは初めて出てきますので、ここは2つのパートを使って解説していきますね。
2001年、"時計のF1を作る"という一人の男の挑戦から始まったリシャール・ミル
パテック フィリップとは対照的に、リシャール・ミルの歴史は、まだ始まったばかりといえる新しさを持っています。
ブランドが創業されたのは、2001年。
創業者であるリシャール・ミル氏自身の名前を冠したこのブランドは、時計業界の中では、極めて新しい存在なんですよね。
リシャール・ミル氏が掲げたコンセプトは、「時計のF1を作る」というものでした。
このコンセプトの通り、リシャール・ミルは、F1マシンの開発などにも使われる最先端の素材や技術を、腕時計という小さな機械の中に惜しみなく投入していきます。
カーボン複合素材やチタン合金といった、従来の高級時計ブランドがあまり用いてこなかった素材を積極的に採用し、軽量でありながら高い強度を持つ、独自のケース構造を生み出していったんですね。
このような独創的な試みから創業からわずか20年余りという短い期間で、リシャール・ミルは世界的な富裕層やトップアスリートから熱狂的な支持を集める、独立系ブランドの一角にまで登り詰めました。
これは、パテック フィリップのように、何世代にもわたる時間の積み重ねとはまったく異なる道のりです。
リシャール・ミルが築いてきたのは、時間をかけた"伝統"ではなく、常識にとらわれない"技術力"と"発想力"による、いわば駆け足での評価の確立だったといえるでしょう。
つまりリシャール・ミルの"格式"は、歴史の長さではなく、これまで誰も試みなかった挑戦を、次々と形にしてきたという実績の積み重ねによって、築かれてきたものなんですよね。
さらに特徴的なのが、リシャール・ミルが伝統的な時計業界の慣習にとらわれない、独自のブランド展開を進めてきた点です。
生産本数を極めて限定的に絞り込み、一本一本に高度なカスタマイズを施すという手法は、大量生産を前提とした従来の高級時計とは、根本的に異なる発想に基づいています。
また、スポーツ選手とのパートナーシップを積極的に築き、実際の競技現場で腕時計の耐久性を証明していくという手法も、リシャール・ミルならではのアプローチだといえるでしょう。
歴史という土台を持たない分、常に"今、何ができるか"を証明し続けなければならない。
この緊張感こそが、リシャール・ミルというブランドを、短期間のうちに独立系最高峰の一角へと押し上げた、原動力になっているのではないでしょうか。
では次に、自社工房を持たずに頂点を目指した、リシャール・ミルという生き方!という内容で解説します。
自社工房を持たずに頂点を目指した、リシャール・ミルという生き方
ここからは前半はムーブメントの話をして、その後に代表モデルを3つご紹介しますね。
リシャール・ミル氏は、1998年、複雑機構の設計・製造に特化したスイスの専門集団「ルノー・エ・パピ(APRP)」に、時計における"既成概念の破壊"を依頼します。
ルノー・エ・パピは、オーデマ ピゲ出身の技術者ドミニク・ルノーとジュリオ・パピが1986年に設立した、トゥールビヨン開発を得意とする独立系ムーブメント工房です。
ルノーエパピってオーデマの中に入ってる超ハイスペムーブメントを作る工房なのですが、ほとんどの人は知らないと思いますので、なかなか勉強になると思います。
こちらの『『オーデマ ピゲ』と『ルノー・エ・パピ』天才時計技師集団を買収して得た複雑機構の頂点』の中で詳しく解説しておりますので気になる方はご覧ください⬇️
話を戻しまして、ではこちらの画像をご覧ください⬇️

まず最初に作ったのが、2001年のことでありこれが、記念すべき第1作「RM 001 トゥールビヨン」が誕生しました。
一番左のモデルですね。
このモデルはホワイトゴールドのトノーケース、手巻きトゥールビヨン、パワーリザーブとトルクインジケーターを備えたこのモデルは、限定17本が即完売する一方、当時の日本では知名度が低く「歴史がない」と揶揄されることもあったそうです。
もちろん今では販売されていません。
ここで重要なのは、リシャール・ミルが採用した生産体制が「マニュファクチュール・デジネー(manufacture désignée)」と呼ばれる、独自のハイブリッド方式だったという点です。
要するに、定期的に話していますがこれはプロプライエタリーをカッコ良く表現した言い方です。
マニュファクチュールはそのままマニュファクチュールですが、デネジーはフランス語で「指名する」と言う意味があります。
よってそのままの意味で、ルノーエパピを指名してブーメントを作ってます。ってことになります。
つまりリシャール・ミルは、創業当初からずっとこの協業スタイルを守り続けてきたブランドであり、自社ではムーブメントを作っていません。
その代わりに独自色が強く表れているのは、カーボンTPTやTitaCarb(ティタカーブ)これはチタンとカーボンを組み合わせて作られた、リシャール・ミル独自の複合素材です。
といった、自社で研究・開発してきた新素材への投資という部分なんですよね。
そして、このブランドが一気に世の中へ知れ渡るきっかけになったのが、2008年からスタートした、テニス選手ラファエル・ナダルとの二人三脚です。
最初はオファーを断られ続けたものの、2年越しの説得の末、2010年に「投げても壊れないトゥールビヨン」というキャッチコピーとともに、総重量20g以下という真ん中のモデルの「RM 027」が完成します。
ナダル選手自身が実際の試合でこの一本を着け続け、その耐久性と軽さが大きな話題を呼んだことで、RM 027はナダルの代名詞ともいえる存在となり、その後も新しいバージョンが重ねられていきました。
そして翌2011年には、RM 027からトゥールビヨンという複雑機構を省いた、通称"ベビーナダル"こと「RM 035」が発表されます。
重さは約20gのRM 027から約40gへと増えたものの、それでも一般的な機械式腕時計とは比較にならないほどの軽さで、複雑機構を省いた分、価格も比較的手が届きやすい水準に抑えられました。
では次に、"時間で語る格式"と"技術で語る格式"格式の作り方の違い!と言う内容で解説します。
"時間で語る格式"と"技術で語る格式"格式の作り方の違い
ここまでお話ししてきた2つのブランドの出自を並べてみると、"格式"という同じ言葉が、まったく異なる作られ方をしていることが見えてきます。
パテック フィリップの格式は、約185年という時間の積み重ねによって語られる格式です。
複数の世代にわたる家族経営、王侯貴族との関わりの歴史、創業以来守り続けられてきた顧客台帳。
これらはすべて、短期間で作ろうとしても作ることのできない、時間そのものが価値を持つタイプの格式なんですよね。
一方でリシャール・ミルの格式は、技術力と発想力の証明によって語られる格式です。
F1由来の最先端素材、限定的な生産本数、トップアスリートとの実証的なパートナーシップ。
これらはすべて、時間の長さとは関係なく、"今、何を成し遂げられるか"という実績によって積み上げられていくタイプの格式だといえるでしょう。
つまり同じ"格式"という言葉であっても、パテック フィリップにとっては過去から積み上げてきた重みを意味し、リシャール・ミルにとっては現在進行形で証明し続ける挑戦を意味しているんです。
この違いは、どちらが優れているという話ではありません。
たとえるなら、長年かけて信頼を積み上げてきた老舗の職人と、新しい発想で次々と話題作を生み出す若手の作り手を、単純に優劣で比べるようなものなんですよね。
老舗の職人には、長年の経験に裏打ちされた安定感があり、若手の作り手には、常識にとらわれない新鮮さがあります。
どちらが優れているかではなく、それぞれが異なる価値を提供しているからこそ、両者は共存できているんです。
パテック フィリップとリシャール・ミルの関係も、これと同じ構図だといえるでしょう。
歴史という土台の上に築かれた安心感と、技術という挑戦の上に築かれた高揚感。
この2つの格式は、優劣ではなく、まったく異なる魅力の方向性として、それぞれの場所で輝いていると言えます。
だからこそ、「パテックとロレックスはどっちが上か?と同じでリシャール・ミルと比較してどちらが上か?」という問いに、単純な一つの答えを出すことは、そもそも難しいんですよね。
では次に、出自が違う2ブランドが、なぜ同じ"独立系最高峰"として並び立つのか?と言う内容で解説して参ります。
出自が違う2ブランドが、なぜ同じ"独立系最高峰"として並び立つのか?
歴史の長さも、格式の作り方もまったく異なるパテック フィリップとリシャール・ミルですが、実はこの2ブランド、業界内で同じ枠組みの中に位置づけられています。
それが「ビッグ4」と呼ばれる、独立系高級時計メーカーの枠組みなんですよね。
このビッグ4には、ロレックス、パテック フィリップ、オーデマ ピゲ、そしてリシャール・ミルの4ブランドが名を連ねています。
(参照:https://ja.wikipedia.org/wiki/パテック・フィリップ)
この4ブランドに共通しているのが、大手資本グループの傘下に入らず、非公開のまま独立した経営を貫いている、という点です。
つまりビッグ4という枠組みは、創業年や歴史の長さで区切られたものではなく、"資本に左右されない独立性"という、まったく別の基準で括られたグループなんですよね。
185年の歴史を持つパテック フィリップも、20年余りのリシャール・ミルも、この独立性という一点において、まったく同じフィールドに立っているといえるでしょう。
歴史の長さだけが評価の基準であれば、新興ブランドであるリシャール・ミルが、この枠組みに名を連ねることはなかったはずです。
ですが実際には、独立した経営のもとで、妥協のない時計作りを貫いてきたという実績が評価され、歴史の差を超えて、同じ最高峰の枠組みの中に立っているんです。
つまり時計業界における"格"というものは、単純な年数の長さだけで測られるものではなく、その企業がどれだけ独立した哲学を貫き通してきたか、という軸によっても測られている、ということなんですよね。
この視点を持つと、「どっちが上か」という問い自体が、実はあまり本質的ではなかったことに気づかされます。
大切なのは、どちらが長く続いているか、どちらが新しいかということではなく、それぞれのブランドが、自分たちの哲学に妥協せず、独立した立場を貫いてきたかどうかなんですよね。
パテック フィリップは、家族経営という形でその独立性を守り抜き、リシャール・ミルは、創業者自身のビジョンを貫くことで、短期間のうちに独立した地位を築き上げました。
道のりはまったく異なりますが、どちらも"誰にも左右されない自分たちのものづくり"を貫いてきたという点では、同じ精神を共有しているといえるでしょう。
だからこそこの2つのブランドは、歴史の長さという物差しを超えて、同じ最高峰の枠組みの中で、互いに並び立つことができているのではないでしょうか。
では最後に、短期成功のジレンマに陥らないか?と言う見出しで私の今後の予想をお話しして締めくくりと致しますね。
短期成功のジレンマに陥らないか?
ここまで、リシャール・ミルがわずか20年余りで築き上げてきた、目覚ましい成功についてお話ししてきました。
ですが、あえてここで立ち止まって考えておきたい視点があります。
それが、"短期間で駆け上がったブランドは、その後も同じ勢いを保ち続けられるのか?という問いなんですよね。
腕時計業界を振り返ると、2000年代に入ってから急速に評価を高め、当時「スイスラグジュアリー腕時計における最も成功した例」とまで言われたブランドがありました。
それが皆様もご存知、ウブロやパネライですよね。
もちろん、この2ブランドが今も市場から姿を消したわけではありません。
ウブロにもパネライにもファンはいます。
ただし、かつてのような、"誰もが名前を挙げる最先端のブランド"という熱狂の勢いは、当時と比べると落ち着いてきているというのも、周知の事実でしょう。
ただ、当時というのは今のリシャールみたいに飛ぶ鳥を落とす勢いで語られていました。
世界のみんな熱狂し、その空気感のまま10数年過ごしたわけです。
しかし、もしこれがブームだった場合は、土台がしっかりしてない分、その崩れ方も早いです。
つまりこの2ブランドから学べるのは、"短期間で評価を高めたブランドは、その勢いをそのまま維持し続けられるとは限らない"という、ひとつの教訓なんですね。
リシャール・ミルもまた、創業からわずか20年余りという短い期間で、驚異的な評価を築き上げてきたブランドです。
今のところ、その勢いに陰りは見えません。
ですが、ウブロやパネライ、そしてクオーツウォッチがたどってきた道のりを踏まえると、リシャール・ミルが将来にわたって、今と同じ熱量を保ち続けられるかどうかは、まだ誰にも断言できないことなのではないでしょうか。
短期間での成功は、それ自体が素晴らしい実績である一方で、その勢いをどう長期的な信頼へとつなげていくかという、次の課題も同時に背負っているのかもしれません。
歴史という土台を持つパテック フィリップと、技術という挑戦を積み重ねるリシャール・ミル。
この先の数十年で、両者がどのような道を歩んでいくのか、引き続き見つめていきたいテーマだといえるでしょう。