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記事: ロレックス/ROLEX デイトジャストRef.1603 激レア【ラベンダー文字盤】を修理する映像

ロレックス/ROLEX デイトジャストRef.1603 激レア【ラベンダー文字盤】を修理する映像

動画でご覧になる方はこちらから⬇️

幻の「ラベンダー文字盤」と初期診断

今回オーバーホールを行うのは、ロレックス デイトジャスト(Ref.1603)

最大の特徴は、見る角度によって表情を変える「ラベンダー文字盤」です。

この文字盤は日本国内ではほとんど認識されていませんが、海外のコレクター間では「Lavender Dial」としてしっかりと定義されているバリエーションの一つです。

光の当たり方で落ち着いたグレーに見えることもあれば、鮮やかなパープル(ラベンダーカラー)が顔を出すこともあり、ヴィンテージロレックスの奥深さを象徴するような美しさを持っています。

 

タイムグラファーによる現状確認

作業に入る前、まずは時計の健康診断を行います。

  • 歩度(精度): 数値上は非常に良好。

  • 振角(テンプの勢い): 270度前後。

  • 振動数: 19,800振動(Cal.1570)。

操作感を確認したところ、リューズを巻く際にわずかに滑るような感触があり、内部の油が乾き始めている予兆が感じられました。

現状でも精度は出ていますが、振角を280度〜300度程度の理想値まで引き上げ、数年先まで安心して使える状態を目指します。

 


ケース開封:黄金期の名機「Cal.1570」との対面

ロレックス デイトジャストRef.1603 ラベンダーダイヤルのムーブメントCal.1570

ブレスレットを取り外し、専用のオープナーで裏蓋を開けると、そこにはロレックスの歴史に名を刻む名機「Cal.1570(前期型)」が姿を現しました。

 

驚異的な保存状態

この個体は1969年〜1970年頃の製造と推測されますが、約55年以上前のものとは思えないほど内部が美しい状態でした。

  • 錆・腐食: ほとんど見受けられない。

  • パッキン: 硬化しておらず、気密性が保たれていた形跡がある。

  • 仕上げ: パーツの面取りや磨きに、当時のロレックスの丁寧な仕事が見て取れます。

前オーナーの扱いが非常に良かったのか、あるいは定期的に適切なメンテナンスを受けてきたのでしょう。

油の揮発は見られるものの、ベースとなるコンディションは極めて優秀です。

 

希少な「ベイラー(BEYELER)」の刻印

ベイラー社がロレックスの文字盤を製造したことが分かるBEYELERの刻印

ムーブメントをケースから取り出し、文字盤を裏返すと嬉しい発見がありました。

文字盤の裏側に、スイスの有名な文字盤メーカーである「Beyeler Genève(ベイラー・ジュネーブ)」の刻印がはっきりと残っていたのです。

ベイラー社は、かつてロレックスやパテック・フィリップなどの高級メゾンに文字盤を供給していた名門です。

こういった隠れたディテールを確認できるのも、オーバーホールという「時計の深部へ潜る作業」の醍醐味です。

 


分解工程:カレンダー機構と自動巻きモジュールの構造

文字盤と針を慎重に取り外した後は、複雑なカレンダー機構と、ロレックスの代名詞である「自動巻き(パーペチュアル)」部分の分解へと進みます。

瞬時に日付が変わる「カム式」カレンダー

デイトジャストの名前の由来でもある、深夜0時にカレンダーがパチッと切り替わる仕組みです。

ここには、24時間かけて力を蓄え、一気に放出する「カム」が組み込まれています。

歯車を止めておいても、カムの部分だけが独立して動く設計になっており、精密な調整が求められるポイントです。

 

「出車(でぐるま)」の役割と工夫

次に、自動巻きモジュールを取り外します。

ここで興味深いのが、秒針を動かすための「出車(伝達歯車)」の構造です。 Cal.1570は、本来中央にない4番車(1分間に1回転する車)の動きを、3番車の上に取り付けた「出車」を介してセンターに持ってくることで、中三針(センターセコンド)を実現しています。

職人の視点: 「クロノグラフなどの出車は非常に硬く固定されていますが、ロレックスのデイトジャストは適度な力加減で止まっています。衝撃を逃がしつつ、確実な伝達を行うための絶妙な設計です。」

洗浄前の最終チェック

ゼンマイのパワーを解放し、輪列(歯車の並び)を分解していきます。

顕微鏡で各パーツの摩耗を確認しましたが、目立ったゴミの混入やパーツの欠けもなく、非常にクリアな状態でした。

「前回のRef.1600(デイトジャストの別リファレンス)を超えたかもしれない」と職人が唸るほどの良個体でした。

Ref.1600の映像はこちらにまとめておりますので、気になる方はこちらからご覧下さい⬇️

この後、全てのパーツは専用の洗浄液(ベンジン等)による超音波洗浄工程へと回されます。



洗浄の待ち時間を美学に変える:外装リファインとパーツの「徹底洗浄」

ベンジンに漬け込んだムーブメントのそれぞれのパーツ

分解されたパーツは、まず専用の洗浄機へと送られます。

今回のオーバーホールでは、新たに導入した大型のベンジンカップを使用します。

気発性の高い洗浄液(溶剤)を用い、約300秒(5分間)という時間をかけて、長年蓄積された古い油汚れや微細な塵を完璧に除去していきます。

 

自動巻きモジュールの「一括洗浄」

回転式洗浄機に入れる前のムーブメントのそれぞれのパーツ

通常、汚れがひどい場合は自動巻きモジュールも完全にバラして洗浄しますが、今回の個体は内部コンディションが極めて良好だったため、まずは組んだままの状態で洗浄機にかけ、その後の動作を見て調整する手法を取りました。

これは、パーツへの余計な負荷を避けつつ、元の精度の高さを活かすためのプロの判断です。

 

外装のブラッシュアップ:ヘアラインの復活

パーツが洗浄液の中で「エステ」を受けている間、職人の手はブレスレットへと移ります。 今回扱うのは、ロレックスの象徴である「オイスターブレス」。

長年の使用で小傷が目立ち、全体的に光沢がぼやけてしまっていましたが、ここで「400番のサンドペーパー」が登場します。

 

  • ヴィンテージの「味」を守る研磨: 鏡面仕上げ(ポリッシュ)とは異なり、デイトジャストのブレスには美しい「サテン(ヘアライン)仕上げ」が施されています。職人は、ペーパーをあてる力を絶妙にコントロールしながら、ブレスのラインに対して完全に平行に筋目を入れていきます。

  • 「消耗品」としてのブレスとの付き合い方: 「傷をすべて消そうとすると、金属が削れて形が歪んでしまう。ヴィンテージらしさを残しつつ、清潔感を取り戻すのが正解です」と職人は語ります。 ジュビリーブレスのような複雑な構造とは異なり、オイスターブレスはこうしたメンテナンスが比較的行いやすいのも魅力。エンドリンク(1コマ目)まで丁寧にラインを引き直すことで、時計全体の印象が驚くほど引き締まり、かつての「道具としてのロレックス」の力強さが蘇ります。

 

下記が全ての洗浄工程が完了したそれぞれのパーツを並べたところです。

ムーブメントのパーツ洗浄が終わり、それぞれのパーツを並べたところの写真

組み立てと究極の注油:香箱(ゼンマイ)から始まる「命の吹き込み」

洗浄と乾燥を終えたパーツは、チリひとつない作業台の上に並べられます。ここからは「巻き」と「解き」のエネルギー制御を司るパーツたちの再構築です。

香箱(ゼンマイ)のメンテナンスと「モリブデン」の魔力

時計の動力源であるゼンマイを収めた「香箱(こうばこ)」。ここは、自動巻き時計において最も過酷な摩擦が起きる場所の一つです。

  • スリップ機構への注油: 自動巻きはゼンマイが巻き上がりすぎると、香箱の内壁でスリップして力を逃がす構造になっています。ここで使用されるのが、黒みがかった粘り気のある「モリブデングリス」です。これを内壁に薄く、かつ確実に塗布することで、スムーズな巻き上げと適切なトルク解放を実現します。

  • 「蓋」の重要性: 香箱を閉じる際、職人は「蓋が完全に、水平に閉まっているか」を厳しくチェックします。「以前、自分の時計で手抜きをしたら、使用中に蓋が開いてしまい、30分で時計が止まったことがあります」という職人の苦い経験談は、この作業の重みを物語っています。

輪列の組み立てと2番車の処置

続いて、各歯車(輪列)を地板にセットしていきます。

Cal.1570の組み立てにおいて、職人が特にこだわるのが「2番車への注油」です。

 通常の油ではなく、あえてグリスを選択して先に塗布しておきます。

これにより、針を動かすための大きなトルクがかかる部分の摩耗を長期にわたって防ぎます。

前編で「前回のRef.1600を超えたかもしれない」と評された通り、各パーツのホゾ(軸先)は顕微鏡で見てもピカピカの鏡面状態。

これほど状態の良いパーツに正しい注油を施せば、新品時に近い振角(テンプの勢い)が期待できるのです。

 


職人の技術論:極小の「天芯」と、難攻不落の「巻芯」

作業がテンプ(時計の心臓部)に差し掛かると、話題は時計修理の真髄である「芯」の製作・調整へと移ります。

髪の毛より細い「天芯(てんしん)」の小宇宙

テンプの中央を貫く軸「天芯」。その先端は髪の毛1本よりも細く、衝撃に非常に弱いパーツです。

  • 交換の難易度: 天芯が折れている場合、職人はテンプから古い軸を削り取り、新しい軸を打ち込みます。固定は「カシメ(金属を叩いて広げる)」によって行われるため、わずかな歪みがテンプの「振れ」に直結します。「歪ませないように取る、あるいは均一に歪ませる」という神業とも言える力加減が要求されます。

実は「天芯」よりも難しい「巻芯(まきしん)」

驚くべきことに、職人は「天芯よりも巻芯の調整の方が難しい場合がある」と言います。 リューズの抜き差しを行う「巻芯」は、形状が複雑(四角い断面や複雑な溝がある)であり、ここの寸法がコンマ数ミリずれるだけで、リューズを引いた時の感触が台無しになり、最悪の場合は内部の「吉車(きちぐるま)」や「地板」そのものをボロボロに削ってしまうからです。 「天芯がダメでも時計は止まるだけだが、巻芯の調整不良は機械そのものを物理的に破壊する」。この言葉に、実用時計としてのロレックスを守る職人の強い責任感が滲みます。

衝撃吸収装置(インカブロック)への魂の注油

最後に、テンプを守る耐震装置「インカブロック」の石をメンテナンスします。 顕微鏡を使い、石の中央に「全容量の2/3」の油を正確に置きます。

  • 目視の極み: 「最近は肉眼でも適量が見えるようになりました」と笑う職人ですが、その裏には年間800本ものオーバーホールをこなす圧倒的な経験値があります。石を乗せ、バネで固定する瞬間、テンプが力強く、かつ静かに脈打ち始める光景は、何度見ても感動的です。


職人が唸る「ロレックスの設計」:オメガ、ルクルトとの違い

組み立てが終盤に差し掛かる中、話題は「なぜロレックスが時計修理士から圧倒的に支持されるのか」という核心に触れます。

整備性の高さは「加工精度」の証

数多くのブランドを手掛ける職人によれば、ロレックスのムーブメント(特に3000番台以降や、今回のCal.1570)は、他社とは一線を画す「整備のしやすさ」を備えています。

  • 「ひっくり返せばパーツが落ちてくる」: これは決して作りが緩いという意味ではありません。ネジを外しただけでパーツがスッと離れるのは、コンマ数ミクロンの誤差も許さない圧倒的な加工精度の賜物です。無理にこじ開ける必要がないため、メンテナンス中のパーツ破損リスクが極めて低いのです。

  • 他ブランドとの比較:

    • オメガ: 設計そのものが非常に優秀で、組み立てるだけで自然と精度が出る「理論派」。ただし、ロレックスほどの整備性の極致には至りません。

    • ジャガー・ルクルト: ムーブメントの種類が膨大で、設計の面白さは随一。しかし、ロレックスは「実用時計としての堅牢さと修理のしやすさ」に特化した、いわば「最強の現場主義」と言えます。

歯車に刻まれた「カナ」の定義

作業中、職人は「歯車」と「カナ(ピニオン)」の違いについても触れました。

時計の世界では、真鍮などで作られる大きな歯車を「ホイール(歯車)」、それと噛み合う鉄製の小さな歯車を「ピニオン(カナ)」と呼び分けます。

この異素材の組み合わせが、摩耗を抑えつつ効率的に力を伝える秘訣。ロレックスの機械には、こうした「100年使い続けるための理屈」が随所に詰まっているのです。

 


カレンダー機構の合体と「逆ネジ」の罠

ムーブメントの裏側、カレンダー機構の組み立ては、デイトジャストのアイデンティティを形成する重要な工程です。

逆転の思考:3本線の「逆回しネジ」

カレンダーを司る「日送り車」を固定する際、注意が必要なのが「逆ネジ」の存在です。 ロレックスの特定のネジには、頭に3本の溝が入っているものがあります。これは「逆回し(右に回すと緩む)」であることのサイン。時計の回転方向に合わせてネジが自然に緩まないよう、あえて逆方向に切られているのです。これを見逃すとネジをへし折ってしまうため、職人の経験が光るポイントです。

24時間を12時間に変換する魔術

  • 筒かな(キャノンピニオン): 分針を保持し、分を刻みます。

  • 日の裏車(ミニッツホイール): 「文字盤の裏にあり、日の目を見ない」ことから名付けられたこの車が、分針の動きを1/12に減速させ、時針(アワーホイール)へと伝えます。

  • 日送り車: さらにその力を1/2にし、24時間に1回、カレンダーディスクの「送り爪」を弾いて日付を瞬時に切り替えます。

この一連の連動が淀みなく行われるよう、カレンダーのホールドパーツ(制爪)にはわずかな油を差し、金属同士の「ガリつき」を徹底的に排除します。

 

 


精度調整:磁気抜きから日差1秒の極致へ

いよいよ、タイムグラファーによる最終的な精度チェック(歩度調整)です。

予期せぬ「磁気」との戦い

初期測定では、わずかに数値が乱れる場面がありました。原因は微細な「磁気帯び」。現代社会ではスマホやパソコンの影響で避けられない問題ですが、専用の脱磁機で磁気を抜くと、数値は一気に安定し始めます。

マイクロステラによる微調整

Cal.1570のテンプには、小さなネジ(微調整ネジ)が備わっています。

  • 調整のプロセス: テンプの回転半径を微調整することで、時間の進み・遅れをコントロールします。今回の個体は最終的に、どの姿勢でも日差+1秒〜+2秒という、現行のクロノメーター規格をも凌駕する驚異的な数値を叩き出しました。 50年以上前の機械が、最新の時計と肩を並べる。この瞬間こそ、オーバーホールにおける最大のカタルシスと言えるでしょう。

 

 


完成:ラベンダー文字盤の帰還

すべての調整を終え、文字盤と針をケースに戻す「ケーシング」の作業です。

最後の難関、針入れとインデックス

文字盤を地板に固定する際、注意すべきは「干渉」です。 ヴィンテージの文字盤は、裏側の「足(文字盤足)」を叩き潰してインデックスを固定しているものがあります。その厚みが原因で日車(カレンダーディスク)と擦れてしまうことがあるため、コンマ数ミリのクリアランスを確認しながら、慎重に針を乗せていきます。

総評:究極の実用アンティーク

最後に裏蓋を閉め、ヘアラインを入れ直したオイスターブレスを装着すれば、オーバーホールは完了です。

「ラベンダー文字盤」は、光を浴びるとグレーから鮮やかなパープルへとその表情を激変させます。それはまるで、長年の眠りから覚め、再び時を刻み始めた喜びを表現しているかのようです。

ロレックスが「最強の実用時計」と呼ばれる理由。それは、50年経ってもなお正確に動き続け、そして何度でも新同品のような輝きを取り戻せる「設計の誠実さ」にあります。今回、この希少なラベンダーデイトジャストが次の半世紀を歩む準備は、完璧に整いました。

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