結局、ロレックスは『持っていること』と『使っていること』のどちらに価値があるのか?
こんにちは、ベルモントルの妹尾です。
本日は「結局、ロレックスは『持っていること』と『使っていること』のどちらに価値があるのか?」という内容でお話しして参ります。
ロレックスという腕時計をめぐっては、いつも2つの評価軸で語られています。
それは「資産として持っておくべきだ派」と、「せっかくなら日常で使い倒すべきだ派」という声です。
どちらの意見にも、それぞれ納得できる部分がありますよね。
「持つ派」の方には「使わないなら意味がない」という反論が向けられやすく、「使う派」の方には「もったいない」という声がかかりやすいです。
こうしたすれ違いが、今も腕時計好きの間で、繰り返し起きているように感じます。
今回は、この「持っていること」と「使っていること」、それぞれにどんな価値があるのかを、ゆっくり丁寧に見ていきます。
そして最後には、ロレックスというブランドが、そもそもどちらを前提に設計されてきたのかという、原点にも触れていきます。
それでは話を進めて参ります。
そもそも「持っている」と「使っている」は、両立しないものなのか?
この話を始める前に、一つ確認しておきたい前提があります。
それは、「持っている」ことと「使っている」ことは、本当に対立する2つの選択肢なのか、という点なんですよね。
多くの場合、この話は「保管するか、着けるか」という、二者択一のように語られがちです。
ですが実際には、この2つは、きれいに分かれるものではなく、むしろグレーゾーンが連続していると考えております。
ではこちらの画像をご覧ください⬇️

たとえば、ほとんど毎日着用する方もいれば、月に数回だけ特別な日に着ける方もいます。
年に数回、防湿庫から取り出して眺める方もいれば、購入以来一度も触ったことがないという方もいます。
これらは、すべて「持っている」と「使っている」の間のどこかに位置する、連続的な状態なんですよね。
つまり最初から「持つ派」「使う派」と2つに分けて考えること自体が、実態を単純化しすぎているのかもしれません。
この単純化は、時に不毛な対立を生んでしまうこともあります。
SNSなどでも、「腕時計は使ってこそ意味がある」という意見と、「資産として大切に保管するのも立派な選択だ」という意見がぶつかり合う場面を見かけることがありますよね。
ですが、どちらの意見も、その方なりの腕時計との向き合い方から生まれた、真剣な価値観であることに変わりはありません。
だからこそ今回は、どちらか一方を正解として押し付けるのではなく、それぞれの価値観がどこから生まれているのかを、一緒に見ていきましょう。
その上で、ロレックスというブランドそのものが、もともとどちらの在り方を前提に設計されてきたのかという、原点にも触れていきます。
これは決して、どちらかの価値観を否定するための材料ではなく、あくまでロレックスという腕時計の成り立ちを知るための、一つの視点として捉えていただければと思うんですよね。
とはいえ、この2つの「資産として保有すること」に重きを置く考え方と、「日常の道具として使い倒すこと」に重きを置く考え方には、それぞれ異なる価値観が根底にあるのも事実です。
というわけで、まずは「持っている」ことに価値を置く方の心理!の方を先に解説して参ります。
「持っている」ことに価値を置く方の心理
まずは、「持っていること」に価値を感じる方の心理から見ていきます。
この考え方の根っこにあるのは、以前お話しした、資産としてのロレックスという側面です。
正規店では簡単に手に入らない人気モデルが多く、"持っている"という事実そのものが、一つの達成として受け止められる場面は少なくありません。
なんていうんですかね、こう入手するのに時間がかかればかかったものほど、大切にしたいって気持ちが強くなって、その結果なかなか実用で使うことが出来ないって真理ですよね。
その延長線上にあるのは、日常的に使い倒すよりも、状態を保ったまま資産として保有しておくことで、将来的な価値の変動に備えたいという考え方も、十分に理にかなっています。
さらに、コレクションとしての満足感という側面もあります。
複数のモデルを並べて眺める楽しさ、その一本が持つ歴史的な背景を知る楽しさは、必ずしも日常的に着けることだけが目的ではありません。
美術品や骨董品を集める方が、必ずしもそれを日用品として使うわけではないのと、似た感覚だといえるでしょう。
今もあるブランドでマイセンっていう、ドイツの高級食器があるんですが、そのブランドも歴史が古く、1800年代の食器があるんですがこれらは実用ではなく、インテリアとしての価値がありますからね。
もう一つ見逃せないのが、この「持っている」という選択の中にも、まったく異なる2つの姿勢が存在する、という点です。
ひとつが、その一本を大切にし、長く良い状態で残していきたいという、"モノを大切にする"姿勢です。
傷をつけたくない、経年劣化を最小限に抑えたい、いつまでも美しい状態を保っていたい。
これは、値上がりを期待しているかどうかとは関係なく、その腕時計そのものへの愛情から生まれる、ごく自然な感覚なんですよね。
もうひとつが、値上がりを見込んで保有し、将来的な売却益を狙うという、投機的な姿勢です。
こちらは、腕時計そのものへの愛着というより、金融商品に近い感覚で腕時計と向き合っている状態だといえるでしょう。
この2つは、どちらも「使わずに持っておく」という行動としては同じに見えますが、その中身はまったく別物なんですよね。
こうした「持っている」ことに価値を置く考え方は、前者の"モノを大切にする"姿勢であれば、決して腕時計への愛情が薄いということを意味しません。
むしろ、その一本が持つ価値を、より長期的な視点で大切に守っていこうとする姿勢だといえるでしょう。
ただし後者の、値上がりだけを目的にした投機的な保有については、今回のテーマである「腕時計との向き合い方」という話からは、少し性質の異なるものとして、区別して考える必要があるんですよね。
とはいえ、こういった気持ちで腕時計を所有しないといけないとか、転売を目的にそれを買うな!などいちいち人の購買や所有しているものに自分の価値観を押し付ける気は全くありません。
視聴者様がどんな気持ちでそれを買っても、それを所有していても正解は本人の中にしかないわけですからね。
というわけで、この価値観を理解した上で、次は「使っている」ことに価値を置く方の心理を一緒に見ていきましょう。
「使っている」ことに価値を置く方の心理
続いて、「使っていること」に価値を感じる方の心理を見ていきます。
以前、「資産価値を抜きにしても、ロレックスを選ぶ理由はあるのか?」という動画でもお話ししましたが、ロレックスは本来、実用品としての完成度が非常に高いブランドなんですよね。
オイスターケースを中心とした防水性能、安定した精度、日常で使いやすいブレスレットの作り込み。
こうした要素は、実際に手首にはめて、日々の生活の中で使ってこそ、初めて実感できる価値だといえます。
「使う派」の方にとって、腕時計は美術品のように眺めるだけの存在ではなく、日々の暮らしに寄り添う"ツール"なんですよね。
仕事の場面で時間を確認する瞬間、ふとした拍子に袖口から覗く瞬間、こうした日常の細かな場面の積み重ねの中にこそ、腕時計としての本当の価値がある、という考え方です。
さらに、着用し続けることで生まれる経年変化も、「使う派」ならではの楽しみのひとつです。
ブレスレットが手首に馴染んでいく感覚、ケースやベゼルにわずかな使用感が刻まれていく様子。
こうした変化は、大切に保管しているだけでは決して味わえない、実際に使い続けた方だけが得られる体験です。
また、「使う派」の方の中には、"高価だからこそ、日常でこそ使うべきだ"という、独特の価値観を持つ方もいらっしゃいます。
せっかく手に入れた特別な一本を、特別な日だけのために取っておくのではなく、日常の中に取り入れることで、毎日の生活そのものを、少し豊かなものに変えていく。
そういった考え方も、「使っている」ことに価値を置く方々の、根底にある思いなのではないでしょうか。
この価値観は、以前お話しした「腕時計という趣味にお金を使うことは、本当に無駄なのか」というテーマにも通じるところがあります。
その中で、金額の大小にかかわらず、その一本とどれだけ丁寧に向き合えるかが、支出の意味を左右するというお話をしましたが、「使う」という選択は、まさにこの"向き合い方"を、日々の生活の中で実践し続けることでもあるんですよね。
着けるたびに、その一本を選んだ理由を思い出し、袖口に馴染んでいく感覚を確かめる。
この積み重ねこそが、「使っている」ことに価値を置く方にとっての、何よりの満足感になっているのだと思いますね。
では次に、ロレックスというブランドが、もともと想定していたのはどちらなのか?という内容で解説して参ります。
ロレックスという道具が、もともと想定していたのはどちらなのか
ここまで、「持っている」ことに価値を置く方と、「使っている」ことに価値を置く方、それぞれの心理を見てきました。
最後に、ロレックスというブランドそのものが、もともとどちらの在り方を前提に設計されてきたのか、その原点に立ち返ってみます。
1926年に発表されたオイスターケースは、世界初の防水腕時計ケースとして知られています。
これは、日常的に水や埃にさらされても壊れない腕時計を作る、という明確な実用上の目的から生まれた発明でした。
さらに1931年には、パーペチュアルローターと呼ばれる自動巻き機構を発明し、リューズを巻く手間を減らし、毎日身につけたまま使い続けられる腕時計へと進化させています。
つまりロレックスというブランドは、その根幹となる発明の一つひとつが、"日常で使われること"を前提に積み重ねられてきたんですよね。
サブマリーナーの防水性能も、GMTマスターの2タイムゾーン表示も、デイトナのタキメーターベゼルも、すべて実際の使用シーンを想定して開発された機能です。
美術品として鑑賞されることを目的に作られた腕時計ではなく、あくまで"道具として、日常の中で機能すること"を目指して作られてきたブランドだといえるでしょう。
この原点を踏まえると、ロレックスが本来想定していたのは、"使われること"だったという見方が、より説得力と整合性を持ちます。
しかし、良いものは良いという単純で当たり前の事実も存在します。
江戸時代に活躍した葛飾北斎は、当時は版画という新しい技法で庶民に美しい絵を広く普及させること、楽しませることに尽力しました。
ですが今となっては、何十億円という金額がついてます。
ロレックスも良いものに変わりはないので、時代とともに資産的な側面が強調されるようになったことも、自然な流れかもしれません。
ですが、ブランドの成り立ちそのものに立ち返るのであれば、ロレックスという腕時計は、本来、手首にはめて、日々の生活の中で使われることを、何よりも大切にして作られてきた存在なのだといえるでしょう。
デザインの面でも、この姿勢は一貫しています。
サブマリーナーやデイトジャストといった代表的なモデルが、発表から数十年が経った今も、大きく形を変えることなく愛用され続けているのは、装飾のための装飾を削ぎ落とし、あくまで機能に忠実な設計を貫いてきたからです。
つまりロレックスという腕時計は、鑑賞するための美術品としてではなく、使い続けることで真価を発揮する道具として、その骨格が作られているんですよね。
この原点を知った上で、あらためてご自身の一本と向き合ってみると、これまでとは少し違った視点が見えてくるかもしれませんよね。
ベルモントルの視点
結局、ロレックスは『持っていること』と『使っていること』のどちらに価値があるのかってのに、絶対的な正解はありません。
あるとすれば、前述した通り高級した方や所有している方の中にしかないと思います。
「持っている」ことに価値を置く方には、資産としての安心感やコレクションとしての充足感という、確かな価値観がありました。
「使っている」ことに価値を置く方には、実用品としての完成度や、日々の生活の中で育まれていく愛着という、また別の確かな価値観がありました。
そして、ロレックスというブランドそのものの成り立ちに立ち返ると、その根幹にある発明の数々は、"使われること"を前提に積み重ねられてきたものでした。
視聴者様がご自身のロレックスと向き合う際には、どちらが正しいという話ではなく、ブランドが本来大切にしてきた"使われてこそ真価を発揮する道具"という原点も、一つの視点として持っていただければと考えています。
腕時計というのは本来、値段やブランド名だけでは、その一本が本当に納得できるかどうかは、決まらないんですよね。
その一本が持つ背景まで見えてきたときに、初めて「これだ」と思える自分の一本に出会えるんですよね。
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