腕時計の廃盤モデルはなぜ今も選ばれ続けるのか?
こんにちは、ベルモントルの妹尾です。
本日は「腕時計の廃盤モデルはなぜ今も選ばれ続けるのか?」という内容でお話しして参ります。
廃盤になった腕時計の中には、発売から何十年経った今でも、なお多くの方に選ばれ続けている個体が、数多く存在しています。
でも、なぜ、"今は手に入らない"はずのモデルが、これほどまでに評価され続けるのか?
本日は、その構造と価値の中身を、出来るだけ分かりやすく解説して参ります。
腕時計というのは本来、値段やブランド名だけでは、その一本が本当に納得できるかどうかは、決まらないんですよね。
その一本が持つ背景まで見えてきたときに、初めて『これだ』と思える自分の一本に出会えるんですよね。
ベルモントルでは、そうした背景や佇まいも含めて腕時計を選びたい方に向けて、公式LINEで一般公開前の新着商品や入荷予定品をご案内しています。
概要欄から公式LINEのお友達登録をよろしくお願い致します。
それでは話を進めて参ります。
デザイン・仕上げがその時代にしか作れなかったもの
まず、廃盤モデルが持つ価値の一つ目として、デザイン・仕上げが、その時代にしか作れなかったものだという点から見ていきます。
腕時計の製造現場は、時代とともに大きく変化してきました。
かつては、ケース製作を専門の外部工房に依頼し、一つひとつ手作業で仕上げていくというのが、当たり前の工程だったんですよね。
以前の動画でご紹介した、オーデマ ピゲのヴィンテージレクタンギュラーやTVスクリーンといった個体も、まさにこの時代の産物です。
ケースの製造を手がけていたのは、ブレラやアルシド・ギヨーといった、専門の外部工房でした。
こうした工房は、ブランドからの依頼を受けて、非常に特殊な形状のケースを、手作業に近い工程で作り上げていたんですよね。
ムーブメントで言えば、高級機を見ていけばジャガーやピアジェのムーブが乗っていますし、クロノグラフで言えばロレックスはバルジュー社のを採用していましたよね。
現在の生産体制では、こうした少量・特殊形状のケース製作そのものが、コスト面でも技術継承の面でも、成立しにくくなっています。
これは現代の腕時計作りのベースにある大量生産・均一な品質という、現代の製造ラインの強みとは、そもそも方向性が違うんですよね。
つまり、廃盤になったモデルの多くは、"今の体制では、同じものを再現すること自体が難しい"という、構造的な希少性を抱えているんです。
よって、単に"古いから"という理由で価値があるわけではありません。
その時代特有の製造体制・職人の技術・素材の選び方が組み合わさって初めて生まれた、二度と同じ形では作られない一本だからこそ、選ばれ続けているんですよね。
例えば先ほどのTVスクリーンというモデルは、クッション型という、現在のAPのラインナップにはほとんど見られない、独特なフォルムを持っています。
華美に主張するのではなく、静かに存在感を放つこの佇まいは、まさに"今は作れないデザイン"の代表例と言えるわけですよ。
では次に、こうしたデザイン面の価値に加えて、廃盤という事実そのものが生み出す、価値の"底堅さ"について解説して参ります。
数が増えないという事実が生む、価値の"底堅さ"
それでは、数が増えないという事実が生む、価値の"底堅さ"について見ていきます。
廃盤になったモデルには、一つ、他のどんな腕時計にもない、決定的な特徴があります。
それは、これから先、どれだけ需要が高まったとしても、供給の総数だけは、絶対に増えないという事実なんですよね。
現行モデルの場合、人気が高まれば、ブランド側が生産本数を調整することが可能です。
以前の動画でお伝えした通り、ロレックスやオーデマ ピゲのように、あえて供給を絞るという戦略を取るブランドもありますが、それでも"製造する時期を延ばして総生産数を増やす"という選択肢そのものは、残っているんですよね。
ですが廃盤モデルは、この選択肢自体がそもそも存在しません。
すでに世の中に出回っている本数が、そのまま上限になるんです。
これは、資産としての腕時計を考える上で、非常に重要な意味を持っています。
需要が一定以上ある限り、供給が増えないという構造は、価値を下支えする、強力な土台になるんですよね。
もちろん、廃盤になったからといって、すべてのモデルの価値が自動的に上がるわけではありません。
そもそもが人気のなかったモデルであれば、廃盤になった後も、評価が高まることはないでしょう。
(まぁポールニューマンみたいなモデルもあるので一概にそうとも言えませんけどね)
ですが、発売当時から一定の支持を集めていたモデルであれば、廃盤という事実そのものが、時間の経過とともに、価値の"底堅さ"として、じわじわと効いてくるんですよね。
以前『高級時計市場が復調するなか、パネライの大型腕時計には恩恵は及ばず・・・・を読んでの私の感想』の動画でお伝えした、二次流通市場のデータを思い出していただきたいんですよね。
まだ見てない方は、概要欄に入れてますのでそちらからご覧ください⬇️
中古時計市場全体が、2022年以来最高の伸びを記録しているという状況の中、こうした廃盤モデルは、この成長を支える存在の一つになっています。
新たに供給が生まれない中で、需要だけが伸びていくという、この需給バランスの変化は、時間をかけてゆっくりと進むものでして、短期間で劇的に価値が跳ね上がるようなものではありません。
ただ、だからこそ、じっくりと腰を据えて一本を選びたい方にとっては、この"底堅さ"という特性が、大きな安心材料になるんですよね。
派手な値上がりが起きるモデルもありますが、それだけではなく緩やかな右肩上がりの中で、時間とともに静かに評価が積み重なっていきます。
この構造こそが、廃盤モデルという存在に、独特の"強さ"を与えているんです。
では次に、こうした需給の話に加えて、廃盤モデルが持つ、もう一つの重要な価値、"個性"という側面について解説して参ります。
今のラインナップにはない"個性"という価値
それでは、廃盤モデルが持つ、もう一つの重要な価値、今のラインナップにはない"個性"という側面について解説します。
現行モデルというのは、どうしても、より多くの方に受け入れられる方向へと、洗練されていく傾向があるんですよね。
ブランドとしては、今の時代の感覚に合わせ、幅広い層に支持されるデザインを目指すのが、自然な流れです。
その結果、現行のラインナップは、"尖った個性"よりも、"誰にでも似合う普遍性"を重視した作りになっていくことが多いんです。
一方で、廃盤になったモデルには、その時代ならではの、思い切ったデザインが色濃く残っていることが多いんですよね。
以前ご紹介した、オーデマ ピゲのTVスクリーンというモデルも、まさにその一例ですよね。
クッション型という独特なフォルムは、70年代の未来を想起させるデザインであって、オメガのクロノグラフでも採用されていましたし、現在のAPのラインナップには、見られないデザインですからね。
1970年代という、外部の専門工房が特殊な形状のケース製作を数多く手がけていた時代だからこそ、この個性が成立しているんです。
こうした個性は、必ずしも"万人受け"を狙って作られたものではありません。
むしろ、当時の職人やデザイナーが、その時代の美意識を、そのままに形にした結果として生まれたものなんですよね。
だからこそ、時代を経た今、改めて見返した時に、独特の新鮮さや、他にはない存在感を放つんです。
いつもお話ししてる通り、こういったヴィンテージウォッチって分かりやすさいってのはないんですよね。
特にこのオーデマのTVスクリーンは、100人に遠目から見せてオーデマだと分かる人はおそらく1人もいないでしょう。
だから、人に見せるために腕時計を選ぶ人には向いてないはずです。
でも、本当にものづくりが良いものを手にしたいという、内面から出てきている価値を自分自身が理解しているのであれば、これほど素晴らしい個体はないと思いますね。
現行モデルばかりが並ぶ中で、廃盤モデルを身につけている方は、良い意味で、周囲とは違う個性を纏うことができます。
「みんなと同じ」ではなく、「自分だけの物語を持つ一本」を求める方にとって、この個性という価値は、何物にも代えがたい魅力なんですよね。
では次に、ここまでお伝えしてきた3つの価値を踏まえた上で、"選ばれ続ける"ということ自体が持つ、何よりの証明について解説して参ります。
"選ばれ続ける"ということが、何よりの証
それでは、ここまでお伝えしてきた3つの価値を踏まえた上で、"選ばれ続ける"ということ自体が持つ、何よりの証明について解説します。
これまで、デザイン・職人が行う仕上げ、需給構造による価値の底堅さ、そして今にはない個性という、3つの角度から、廃盤モデルの魅力をお伝えしてきました。
ただ、これらすべてを踏まえた上で、最も雄弁な"証拠"は、実はもっとシンプルなところにあるんですよね。
それは、発売から何十年経った今もなお、実際にその一本を求める方が存在し続けている、という事実そのものです。
どれだけ理屈で価値を説明できたとしても、実際に選ばれることがなければ、それは机上の空論に過ぎません。
廃盤モデルは、時が経つにつれて、話題性も、新作としての注目も、徐々に薄れていきます。
新しい情報として取り上げられることも、少なくなっていくんですよね。
メディアで大きく取り上げられることもなく、SNSで話題になることも、決して多くはありません。
それでもなお、時を経て、改めてその一本を求める方が現れ続けるということは、その個体が持つ価値が、一過性の流行ではなく、本質的なものだということを、何よりも雄弁に物語っているわけです。
流行というのは、作られた瞬間から、いずれ廃れていく運命にあります。
話題性によって支えられている価値は、その話題性が薄れた瞬間に、脆くも崩れ落ちてしまうものなんですよね。
ですが、本質的な価値というのは、時代が変わっても、色褪せることがありません。
廃盤モデルが、何十年もの時を経てなお選ばれ続けているという事実は、まさにこの"本質的な価値"を持っている証拠だと言えるんですよね。
つまり、廃盤モデルを選ぶということは、単に"古いものを選ぶ"ということではなく、"時代を超えて評価されてきた、本物を選ぶ"ということなんです。
言い方を変えるのであれば、そこには『普遍性の美』が根底にあるということです。
この視点を持てるかどうかで、腕時計選びの奥行きは、大きく変わってくるんですよね。
ヴィンテージは新作として発表された瞬間の高揚感とは違う、静かで、確かな納得感です。
廃盤モデルを選ぶということは、こうした、時間をかけてしか得られない種類の満足感を、選ぶということでもあるんですよね。
これこそが、私がこうした個体を、自信を持ってお客様にご紹介できる理由でもあるんです。
ベルモントルの視点
ここまで、廃盤モデルが、なぜ今も選ばれ続けるのか、その価値の中身を、解説してきました。
その時代にしか作れなかったデザイン、数が増えないという構造的な底堅さ、そして今にはない個性。
これらすべてが重なり合った先に、"選ばれ続ける"という、何よりの証明があるんですよね。
ベルモントルが扱う個体の多くは、まさにこうした廃盤モデルにあたります。
弊社では、単に"古いから"という理由で仕入れを行うことはありません。
その一本が、なぜ今なお選ばれる価値を持っているのか、背景まで丁寧に見極めた上で、皆様にご紹介するようにしているんですよね。
ヴィンテージという言葉に、ネガティブな印象を持つ必要は、まったくありません。
むしろそこには、時代を超えて評価されてきた、確かな価値が眠っているんです。
そして、その価値を私が言語化するので、その価値をご理解されるのが視聴者様の役割です。
これから腕時計選びをされる方にも、ぜひ、"今作られているもの"だけに視野を限定せず、こうした廃盤モデルという選択肢にも、目を向けていただきたいんですよね。
きっと、新品だけを見ていた時には出会えなかった、自分だけの一本に、辿り着いていただけるはずです。
これからも、こうした一本一本の物語を、丁寧にお伝えしてまいります。