デカ厚ブームは終わったのに、なぜロレックスだけ売れ続けるのか?
こんにちは、ベルモントルの妹尾です。
本日は『デカ厚ブームは終わったのに、なぜロレックスだけ売れ続けるのか?』という内容で解説して参ります。
1990年代末から2010年代半ばにかけて、腕時計業界を席巻したのが「デカ厚」ブームでした。
パネライやウブロといったブランドが、44mmを超えるような大ぶりのケースで一世を風靡した時代ですよね。
ただ、あのブームは既に終わりを迎え、新品市場、二次流通市場のデータを見ても、当時の勢いは大きく失われています。
一方で、ロレックスの大径モデルは、ブームが去った今もなお、変わらず高い人気を保ち続けているんですよね。
同じ「大きい腕時計」であるはずなのに、この明暗はどこから生まれているのか。
今回はその理由を、いくつかの視点から紐解いていきます。
腕時計というのは本来、値段やブランド名だけでは、その一本が本当に納得できるかどうかは、決まらないんですよね。
その一本が持つ背景まで見えてきたときに、初めて『これだ!』と思える自分の一本に出会えるんですよね。
そういった自分だけの1本をお探しの方は、是非とも青山にある店舗までお越し下さい。
またベルモントルでは、そうした背景や佇まいも含めて腕時計を選びたい方に向けて、公式LINEで一般公開前の新着商品や入荷予定品をご案内しています。
概要欄から公式LINEのお友達登録をよろしくお願い致します。
それでは話を進めて参ります。
デカ厚ブームとは何だったのか!?
まず、「デカ厚ブーム」とは実際どんな流れだったのか、改めて振り返っておきます。
始まりは1998年でした。
その年のバーゼルフェアで、休眠状態にあったパネライが復活を果たし、44mmという当時としては衝撃的なケース径の腕時計を引っさげて登場したんです。
日本ではその年、雑誌『Begin』の11月号が「デカ厚時計を狙え」という特集を組み、これが「デカ厚」という言葉が日本で使われ始めたきっかけだとされているんですよね。


そこから2000年代前半から中盤にかけて、このトレンドは一気に加速していきます。
ウブロが「ビッグ・バン」というモデルで異素材同士を組み合わせるフュージョンというコンセプトを打ち出し、著名人やアスリートの間で瞬く間に広がっていきました。
「大きければ大きいほどかっこいい」という空気が、業界全体を包んでいた時代だったといえます。
ただ、このブームには終わりが訪れます。
2015年頃にピークをつけそこから、大径志向そのものが徐々に落ち着きを見せ始め、市場全体の熱も一段落していったんですよね。
1998年の始まりから数えると、およそ15年から17年ほど続いたブームだったということになります。
この前のブルームバーグの記事の中でも話した通り、パネライは新品市場・中古市場の両方で構造的な苦戦が続いており、ルミノールというシリーズの型数が飽和状態にあることや、新しいラインへの反応が期待ほど伸びなかったことが背景にあるとされています。
今、二次流通市場のデータを確認しても、パネライの平均再販価格は前年比で約8%下落しており、新品側の勢いの陰りが、中古市場にもそのまま反映されている形なんですよね。
このことについては、こちらの『高級時計市場が復調するなか、パネライの大型腕時計には恩恵は及ばず・・・・を読んでの私の感想』の中で解説しておりますので気になる方はご覧ください⬇️
ウブロについても、2025年の業界ランキングで16位にとどまり、新品市場での苦戦が続いています。
つまり「デカ厚」という現象は、確かに一時代を築いたものの、あくまで一過性のトレンドだったということが、今振り返るとよくわかるんですよね。
このように、デカアツ腕時計の一連の流れを理解するとこの後の話がより、入ってきやすくなったはずなので、そのまま次の「デカさが目的」のブランドと「機能の結果としてのサイズ」の違い!について解説していきますね。
機能由来のサイズを、どう扱ったかという違い
ではここからが本番ですが、ロレックスとの明暗を分けている一つ目の理由、実はサイズの成り立ちそのものにあるわけではないんです。
要するにパネライも、最初からデカアツで作ってやろう!とかそういった意図はなく、もともとは1930年代にイタリア海軍の潜水士向けに開発された、正真正銘の軍用ツールウォッチでした。
暗闇でも視認できる大きな文字盤、水圧に耐える堅牢なケースという、機能的な必然性から、当時としては大きなサイズが生まれたブランドだったんですよね。
初代ラジオミールは47mmという、1930年代当時としては規格外のケース径でしたが、これも見た目の派手さを狙ったものではなく、あくまで軍用ツールとしての要件を満たすための結果でした。
ロレックスの大径モデルも、同じく潜水や視認性という実用要件から導き出されたサイズです。
つまり、成り立ちだけを見れば、両者とも「機能から必然的に生まれたサイズ」という共通点を持っていたということになります。
明暗を分けたのは、その機能的なサイズを、1998年からのデカ厚ブームの中で、それぞれがどう扱ったかという点なんです。
ロレックスは、もともとの機能的なサイズをほぼ変えることなく維持し続けました。
サブマリーナーもシードゥエラーも、ブームが来る前からあったサイズを、ブームが来たからといって特別に誇張することはなかったんですよね。
一方でパネライは、もともと軍用ツールとして持っていた大ぶりなサイズを、ブームの波に乗せる形で「大きさそのものが売り」というファッション的な文脈へと転用していきました。
1993年に民間向けとして展開を始めて以降、軍用としての実用性よりも、存在感や個性を打ち出す方向へと軸足を移していったんですよね。
本来は機能の結果だったサイズを、目的化して押し出していったということです。
言ってることがちょっと意味不明だと思いますので、こちらの画像をご覧ください⬇️

ロレックスは大きなサイズを「視認性と堅牢性のための必然」として機能面から説明し続け、パネライは1993年の民間展開以降「大きさそのものが存在感・個性」として訴求するようになりました。
要するに、ロレックスは機能があってのこのサイズですよ。って訴求であったのに対して、パネライはそのサイズの大きさを存在感の演出として訴求したということです。
これらってのは、どちらが正しいということではなく、あくまでブランドとしての訴求のやり方の違いなんですよね。
この扱い方の違いこそが、ブームが去った後の明暗を分けた、本質的な要因だったといえるでしょう。
では次に、『意図的な供給制限という、トレンドとは無関係の需給構造』という内容について解説してまいります。
意図的な供給制限という、トレンドとは無関係の需給構造
2つ目の理由は、サイズという話とはまったく別の軸にある、需給構造の違いです。
ロレックスの人気を語る上で欠かせないのが、意図的な供給制限という戦略なんですよね。
生産本数を需要に対して意図的に絞り込むことで、正規店では「欲しくても買えない」という慢性的な品薄状態を作り出しています。
これは以前の動画でも取り上げた通り、ロイヤルオークを展開するオーデマ ピゲも同様の戦略を取っているブランドです。
この供給制限がもたらす効果は、単に「入手困難だから価値が上がる」という単純な話ではありません。
サイズのトレンドがどれだけ移り変わろうと、需要と供給のバランスそのものが人為的に逼迫状態に保たれているため、流行り廃りとは切り離された形で、恒常的な人気が維持されやすい構造になっているんです。
パネライやウブロの場合、ブームの最盛期には積極的な増産や新作の投入によって、店頭に商品が並びやすい状態を作っていました。
需要が旺盛なうちはそれでよかったのですが、ブームが去ると、この「買いやすさ」がそのまま在庫の余剰という形で跳ね返ってくることになります。
店頭に商品が並んでいるということ自体が、ある意味では「今、それほど欲しがられていない」というサインとして市場に受け取られてしまうんですよね。
一方でロレックスは、ブームの波に関係なく、常に「欲しい人に対して数が足りない」という状態を維持し続けてきました。
この結果、サイズの流行という表面的な要因が変化しても、供給側の緊張状態そのものは揺らがず、需要が底堅く保たれ続けているというわけなんですよね。
中古市場においても、この構造は同じです。
正規店で買えないという状況が続く限り、二次流通市場での需要が枯れることもなく、価格の下支えにもつながっているんですね。
流行りに左右される需要と、構造的に作られた需要。
この違いが、2つ目の明暗を分ける要因になっているといえます。
では次に、時代の気分に依存しないデザイン!という内容で解説します。
時代の気分に依存しないデザイン
3つ目の理由として挙げられるのが、デザインが時代の気分に依存しているかどうかという違いです。
パネライの武骨なクッション型ケースや、ウブロの異素材フュージョンというデザインは、2000年代という特定の時代の空気と強く結びついたデザインでした。
派手さや存在感を競い合うという、あの時代ならではの美意識を色濃く反映したデザイン言語だったといえます。
時代の気分というものは、当然ながら移り変わっていきます。
すると、その気分と強く結びついていたデザインもまた、時代が変われば急速に「古い」という印象を持たれてしまうリスクを抱えているんですよね。
この古さを感じさせてしまうのは、本質から外れてしまったサイズです。
本来、人が許容出来るサイズの限界があるはずですが、それを通り越したサイズというのは本質から外れてるので、ブームの終焉とともに、古く見せてしまいます。
このことについては、こちらの『パネライとかウブロ等のデカアツ腕時計に疲れてしまった全ての人たちへ』の中で詳細に解説しておりますので、気になる方はご覧ください⬇️
一方でロレックスのオイスターケースは、1926年の発表以来、基本的な造形をほぼ一貫して守り続けています。
サブマリーナーの意匠も、1953年の登場からおよそ70年以上、大きな変更を加えられることなく受け継がれてきました。
このデザインは、特定の時代の気分を反映したものではなく、いわば「時代を超えて成立するデザイン」として設計されているんですよね。
だからこそ、2000年代の空気が過去のものになった今でも、ロレックスのデザインは「あの時代のもの」という枠に閉じ込められることがありません。
"今っぽさ"を売りにしないデザインだからこそ、時代が移り変わっても急に陳腐化することがない、という強さを持っているんですよね。
中古市場で古いモデルが今も高値で取引されているという事実そのものが、このデザインの普遍性を何よりも証明しているといえます。
古いヴィンテージモデルと、最新モデルを並べても、驚くほど違和感がないというのも、このデザインの普遍性を裏付けているんですよね。
デザインが時代を映す鏡であることは、決して悪いことではありません。
ただ、その鏡が割れたときに、デザインそのものの価値まで一緒に失われてしまうリスクがあるということを、パネライやウブロの事例は教えてくれているのだと思います。
ベルモントルの視点
ここまで、デカ厚ブームが終わってもロレックスの大径モデルだけが売れ続ける理由を、3つの視点から紐解いてきました。
サイズが目的か、機能の結果か。
意図的な供給制限があるかどうか。
デザインが時代に依存しているかどうか。
どの視点にも共通しているのは、「表面的な流行を追いかけているのか、それとも流行の外側にある本質的な価値を持っているのか」という、たった一つの問いなんですよね。
これは腕時計に限った話ではなく、あらゆるものを選ぶときに通じる視点だと感じます。
当店がヴィンテージ腕時計をお届けする際に大切にしているのも、まさにこの部分です。
サイズや見た目の派手さといった表面的な要素だけで選ぶのではなく、その一本が持つ成り立ちや背景まで含めて、本当に自分にとって意味のある一本かどうかを見極めていただきたいと考えています。
流行がどれだけ移り変わっても、色褪せない価値を持つ腕時計は、確かに存在するんですよね。
そうした一本との出会いを、これからもお手伝いできればと思っております。
今日ご紹介した視点が、皆様の腕時計選びにおいて、何か一つでもお役に立てば幸いです。