ヴァシュロンやIWC/ジャガールクルトはカルティエを筆頭としたリシュモンに所属するメリットが本当にあるのか?
こんにちは、ベルモントルの妹尾です。
本日の動画では「ヴァシュロンやIWCは、大きなグループに所属するメリットが本当にあるのか?」という内容で解説して参ります。
今回取り上げるのは、海外時計業界メディアのWATCHPROが掲載した記事です。
記事のタイトルは「リシュモンは今でもスイスの専門時計メゾンにとって適切な居場所なのか?」というものです。
リシュモンというグループには、カルティエやヴァン クリーフといったジュエリーブランドだけではなく、ヴァシュロン・コンスタンタン、IWC、ジャガー・ルクルト、A.ランゲ&ゾーネ、パネライ、ピアジェ、ロジェ・デュブイといった腕時計ブランドも所属しています。
これだけのブランドが一つの巨大グループに入っていると、当然「大きな会社に守られている方がブランドとして安定する」と考えてしまいがちです。
ところが今回の記事によると、話はそれほど単純ではないようです。
実際にリシュモンは2026年、長年グループに所属していたボーム&メルシエをイタリアのダミアーニ・グループへ譲渡しています。
一方でジャガー・ルクルトについては、グループにとって非常に重要な存在だという考えを示しています。
では、同じ腕時計ブランドでも何が違うのか。
そしてヴァシュロンやIWCのようなブランドにとって、リシュモンという巨大グループに所属することには、どんな意味があるのでしょうか。
今日は腕時計そのものではなく、その腕時計を作っている会社の裏側から高級腕時計業界をベルモントルの妹尾さんと一緒に見ていきましょう。
それでは話を進めて参ります。
そもそも、大きなグループに所属するメリットは何なのか?
まず、リシュモンがどれくらい大きな会社なのかを見てみます。
2026年3月期のリシュモン全体の売上は224億2,000万ユーロで、これは日本円にすると、およそ4兆円規模の巨大企業です。
そして今回注目したいのが、その中にある腕時計ブランドです。
ヴァシュロン・コンスタンタン、IWC、ジャガー・ルクルト、A.ランゲ&ゾーネなどは、リシュモンではSpecialist Watchmakers(スペシャリスト・ウォッチメーカーズ/専門時計部門)に分類されています。
この専門時計部門の年間売上は約31億5,000万ユーロで、これは日本円で約5,620億円です。
営業利益は約1億700万ユーロで、日本円で約191億円で、営業利益率は3.4%でした。
ちなみにカルティエはここには入っていません。
カルティエは腕時計も作っていますが、リシュモンではJewellery Maisons(ジュエリー・メゾン/宝飾部門)に分類されていて、カルティエの腕時計の売上もそちらに含まれています。

ですので、この3.4%という数字は、カルティエを含めたリシュモンの腕時計事業全体の利益率ではありません。
あくまでヴァシュロンやIWC、ジャガー・ルクルトといった専門時計ブランドをまとめた部門の数字です。
そして今回重要なのは、専門時計部門の利益率が3.4%まで低下していたことです。
高級腕時計ブランドというと、非常に利益率が高そうなイメージがありますが実際には、こうして利益がかなり薄くなる時期もあります。
なぜかというと、高級腕時計ブランドは売上が落ちたからといって、簡単に費用を減らせないからです。
それは、
時計師や技術者を抱える必要があります。
新しいムーブメントの開発も続けなければいけません。
工場や製造設備も維持しなければいけません。
さらに世界各地のブティックや販売網もあります。
つまり腕時計がよく売れている年でも、売れにくい年でも、かなり大きな固定費がかかるんですね。
実際、リシュモンも2026年度の専門時計部門について、売上が弱くなったことで固定費の負担が重くなり、それが利益率を押し下げたと説明しています。

ここで、大きなグループに所属する意味が出てきます。
2026年3月末時点で、リシュモンは約85億ユーロ、日本円で約1兆5,200億円もの現金を持っていました。
つまり、腕時計市場が少し悪くなったからといって、
「今年は利益が出ないから開発を止めよう」
「ブティックへの投資をやめよう」
「技術者を減らそう」
とすぐに動く必要がないんです。
よって親会社にこれだけの資金力があるからこそ、売れにくい時期でもブランドへの投資を続けられることが、ヴァシュロンやIWCのようなブランドが巨大グループに所属する、一番分かりやすいメリットなんですね。
ヴァシュロンやIWCのように、長期的にブランドを維持していかなければならないメーカーにとって、リシュモンほどの資本力を持つ親会社が後ろにいることは、大きな強みになりますよね。

では次に、大きなグループだからこそ「重くなる」こともある!という内容で解説して参ります。
大きなグループだからこそ「重くなる」こともある
ただし、大きなグループに所属することが、すべての腕時計ブランドにとって最善とは限りません。
その非常に分かりやすい例が、今回の記事でも取り上げられているボーム&メルシエです。
リシュモンは2026年1月、ボーム&メルシエをイタリアのダミアーニ・グループへ売却することで合意し、7月に取引が完了しました。
ここで重要なのが、リシュモンが発表した売却理由です。
リシュモンとダミアーニは、ボーム&メルシエについて、イタリア市場での強さ、多くの商品を複数ブランドを扱う店舗で販売する流通形態、そして比較的手の届きやすい高級腕時計という立ち位置を考えると、ダミアーニ・グループの中に入った方が長期的な可能性を引き出しやすいと説明しています。
これは結構重要な話だと思うんですよね。
つまり、
「リシュモンほど大きな会社なら、どんなブランドでもうまく育てられる」
ということではないわけです。
例えばリシュモンは、カルティエやヴァン クリーフ&アーペルのような巨大ブランドを世界規模で運営しています。
一等地に大型ブティックを出したり、大規模な広告を打ったり、世界共通でブランドイメージを作ったりなど、こうした仕組みには非常に強いです。
ただ、すべての腕時計ブランドに同じ規模の仕組みが必要なのかというと、そうとも限りません。
ブランドによっては、自社で大きなブティックを何店舗も持つより、百貨店や高級時計店などの正規販売店を通じて販売した方が、コストを抑えながら多くの顧客に商品を届けやすい場合があります。
マーケティングについても、世界中で大規模に展開するより、特定の市場へ集中した方が効果的なこともあります。

会社が大きくなれば、できることは増えます。
一方で、その規模を維持するための費用も増えます。それは
工場。
店舗。
社員。
広告。
物流。
管理部門。
つまり、大企業に所属することで得られる「規模」が、そのブランドに必要な規模を超えてしまえば、逆に経営が重くなる可能性もあるわけです。
今回のボーム&メルシエの話は、ブランドが失敗したから切り離したってわけじゃないんですよね。
むしろ、
「このブランドにとって、誰がオーナーであることが一番合っているのか?」
を考え直した結果だと見る方が自然です。
ここは腕時計そのものを選ぶ感覚にも少し似ています。
ブランドが大きければいいわけではないし、高ければいいわけでもありません。
その物に合った規模や立ち位置があります。
会社も同じで、資金力が大きいことと、そのブランドの経営に向いていることは必ずしも同じではないんですね。
では次に、ジャガー・ルクルトを見ると「グループにいる意味」が分かりやすい!という内容で解説して参ります。
ジャガー・ルクルトを見ると「グループにいる意味」が分かりやすい
では逆に、大きなグループに所属する意味が分かりやすいブランドはどこなのかって話をしていくんですが、今回のWATCHPROの記事でかなり興味深かったのが、ジャガー・ルクルトについての話です。
WATCHPROによると、リシュモン会長のヨハン・ルパート氏は、ジャガー・ルクルトを手放す可能性について否定的な考えを示しています。
そしてジャガー・ルクルトが持つ製造技術は、これまで他のメゾンにも貢献してきた重要な資産だと説明しています。
一方で、リシュモン自身がジャガー・ルクルトの価値を十分に伝え切れていなかった!という趣旨の発言も紹介されています。
要するに、「ジャガー・ルクルトの実力が足りないのではなく、持っている技術力や歴史に対して、ブランドとしての見せ方・伝え方が弱かったってことですね。
私的には今の状態でもまだまだ弱いと思ってるんですが、そこは良いとして、ここに大きなグループに所属する腕時計ブランドを見る上で重要なポイントがあります。
ブランドの価値は、
「そのブランドが年間いくら売ったか」だけでは測れない
ということです。
ジャガー・ルクルトは、長い歴史の中で非常に多くのムーブメントを開発してきたマニュファクチュールです。
こうした製造能力や技術がグループの中に存在すること自体に意味があります。
だから単純に、
「利益率が低いから売る」
とはならないわけです。
これはヴァシュロン・コンスタンタンにも少し違う形で当てはまります。
ヴァシュロンには270年以上続いてきた歴史があり、リシュモンの中でも高級時計製造の最上位に位置するメゾンの一つです。
そして2026年度後半には、リシュモン自身がA.ランゲ&ゾーネ、ジャガー・ルクルト、ヴァシュロン・コンスタンタンの改善を目立った動きとして挙げています。
さらに2026年4月から6月の四半期では、専門時計部門全体の売上が前年同期比で8%増加し、その中でもヴァシュロン、ジャガー・ルクルト、A.ランゲ&ゾーネが特に好調だったと発表されています。
一方で、IWCについては、この四半期の個別の売上数字までは公表されていません。
ですので、
「IWCも今非常に好調です」
とまでは言えません。
ただ、IWCも世界規模の販売網やブティック、新作開発、マーケティングを必要とするブランドです。
そう考えると、リシュモンの資金力や流通網を利用できることには明確な意味があります。
ここで重要なのは、同じリシュモン傘下でも、
ブランドごとに「グループにいる理由」が違う
ということなんですよね。
あるブランドにとっては製造技術が価値になる。
あるブランドにとっては歴史や高級時計製造そのものがグループの価値になる。
別のブランドにとっては、世界規模の販売網を使えることが大きい。

逆に、その仕組みとブランドの規模が合わなければ、ボーム&メルシエのように別のオーナーの方が可能性を引き出せるという判断もある。
腕時計ブランドを単独で見ると分かりにくいのですが、親会社まで見ると、なぜそのブランドがその場所にいるのかが少し見えてきます。
結局、大きなグループに所属する方がブランドにとって良いのか?
では最後に、大きなグループに所属することは、腕時計ブランドにとって本当にメリットなのかを考えてみます。
ここまでを見ると、答えは「ブランドによる」になると思います。
大企業に所属する最大の強みは、やはり資金力です。
新しいムーブメントを開発できる。
工場へ投資できる。
世界中に店舗を出せる。
腕時計市場が一時的に落ち込んでも、人材や技術を維持できる。
これは小規模な会社では簡単ではありません。
特にヴァシュロンのように、複雑機構や高級時計製造を長期的に続けるブランドには、大きな資本が後ろにいる安心感があります。
一方で、小さい会社には別の強さがあります。
商品を出すかどうかの判断が速い。
特定の市場に集中できる。
販売方法を柔軟に変えられる。
ブランドの規模に合った経営がしやすい。
つまり、
資本力と機動力のどちらが重要なのか
という話になってきます。

そして今のリシュモンを見ると、非常に面白いタイミングにいます。
2026年3月期、専門時計部門の営業利益率は3.4%でした。
ジュエリー部門の30.5%と比べると、かなり大きな差があります。 Richemont
ところが、その次の2026年4月から6月を見ると、専門時計部門の売上は前年同期比8%増まで改善しています。
同じ期間のリシュモン全体の売上も、為替変動の影響を除いたベースで20%増。
6月末の純現金も91億ユーロ、日本円で約1兆6,200億円まで増えています。 Richemont
ただし、ここには注意が必要です。
この四半期について、リシュモンは専門時計部門の営業利益率を発表していません。
つまり、
売上は戻ってきている。
でも、
利益まで十分に戻っているかは、まだ分からない。
という状態です。
ここがこれから見るべきポイントだと思います。
大きなグループであれば、短期間の利益だけを見ずにブランドへ投資を続けることができます。
ただし、その投資が長期間利益につながらなければ、ボーム&メルシエのように「別のオーナーの方がいいのではないか」という判断が出てくる可能性もあります。
ですので今回の記事を読んで面白いと感じたのは、
「リシュモンは時計ブランドを守ってくれる会社なのか?」
という話ではありません。
むしろ、
大きな会社がブランドを所有すること自体に価値があるのではなく、その会社だからこそブランドに何を与えられるのかが重要
ということです。
ジャガー・ルクルトには製造技術があります。
ヴァシュロンには高級時計製造と長い歴史があります。
IWCには独自の商品群と世界的なブランドがあります。
それぞれ違います。
そして親会社の役割も、それぞれ違っていいはずです。
腕時計を見る時、私たちは普段、ケースや文字盤、ムーブメント、価格を見ることが多いです。
でも、その後ろにある会社まで見ていくと、
「なぜこのブランドはこれだけ大きなブティックを展開できるのか」
「なぜ売れ行きが落ちても開発を続けられるのか」
「なぜあるブランドはグループに残り、別のブランドは売却されるのか」
という違った面白さが見えてきます。
ヴァシュロンやIWCにとって、リシュモンに所属するメリットが本当にあるのか。
少なくとも資金力、販売網、長期投資という面では大きなメリットがあります。
ただし、巨大グループに所属しているだけでブランドが成功するわけではありません。
そのブランドに必要な物と、親会社が提供できる物が合っているのか。
結局はここが一番重要なのだと思います。
腕時計というのは本来、値段やブランド名だけでは、その一本が本当に納得できるかどうかは、決まらないんですよね。
その一本が持つ背景まで見えてきたときに、初めて「これだ」と思える自分の一本に出会えるんですよね。
店舗は表参道駅から徒歩2分の場所にあるので、雨の日でもほとんど濡れずにお越し頂けます。
ベルモントルでは、そうした背景や佇まいも含めて腕時計を選びたい方に向けて、公式LINEで一般公開前の新着商品や入荷予定品をご案内しています。
概要欄から公式LINEのお友達登録をよろしくお願い致します。