小さい腕時計はダサいという偏見は本当か!?
こんにちは、ベルモントルの妹尾です。
本日の動画では「小さい腕時計はダサいという偏見は本当か」という内容で解説して参ります。
腕時計を選ぼうとしたとき、あるいは小さめの腕時計であることを自覚している時に、こんな気持ちになったことがある方がいるんじゃないでしょうか。
「この腕時計、なんだか小さくない?」「もう少し存在感のあるものの方がいいんじゃないか?」とですね。
腕時計の世界にはいつの頃からか、大きい腕時計の方がかっこいい、小さい腕時計はどこか頼りなく見えるという空気が漂うようになりました。
今日はこの空気が本当に正しいのかどうかを、腕時計の歴史と市場の実態という観点から正直に話して参ります。
結論から先にお伝えすると、「小さい腕時計はダサい」という考え方は、腕時計の歴史全体で見ると一時的なもので、そして偏った価値観だということです。
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それでは話を進めて参ります。
「小さい腕時計はダサい」という空気はいつから生まれたのか!?
まず初めに一つだけお伝えしておきたいのは、大きい腕時計が好きな方を否定するつもりはまったくないということです。
大きい腕時計が持つ圧倒的な存在感や、スポーティな力強さに惹かれる方がいることも、十分に理解できます。
腕時計選びに正解はなく、自分がどの腕時計に心から惹かれるかという内側の感覚こそが、最も大切な基準だといえます。
それを踏まえて話を進めていきますね。
では話を戻しまして、まず「小さい腕時計はダサい」という空気がいつ頃から生まれたのかを振り返ってみたいと思います。
この価値観が広まったのは、主に2000年代以降のことです。
この時期、腕時計の世界では大型化という大きなトレンドが起きました。
その火付け役となったのが、イタリアのブランド、パネライです。
パネライは元々イタリア海軍向けに作られた腕時計で、44mmという当時としては非常に大きなケースを持っていました。
1990年代後半から一般市場に登場したパネライは、その圧倒的な存在感で世界中の腕時計ファンを魅了し、瞬く間に人気ブランドへと成長していきました。
パネライの成功を受けて、腕時計業界全体に「大きい腕時計がかっこいい」という価値観が急速に広まっていきます。
ブライトリングやウブロ、ベル&ロスといったブランドが44mm・46mmという大型ケースのモデルを次々と発表し、それが腕時計好きの間でステータスとして受け入れられていきました。
「手首からはみ出るくらいの存在感がある腕時計こそが、男らしくてかっこいい!」という価値観が、この時代に作られていったんですよね。
さらにこのトレンドを加速させたのが、ラグジュアリースポーツウォッチの台頭です。
オーデマ ピゲのロイヤルオーク オフショアやパテック フィリップのノーチラスといったモデルが富裕層の間で爆発的な人気を博し、大きくて存在感のある腕時計を持つことが成功の象徴として定着していきました。
こうした流れの中で、34mmや36mmといった小径の腕時計は「小さくて頼りない」「女性向け」という印象を持たれるようになっていったんですよね。
ただここで一つ立ち止まって考えてみたいことがあります。
こうした大型化のトレンドが始まったのは2000年代のことで、腕時計の歴史全体から見るとほんの20〜25年という非常に短い期間に過ぎません。
「大きい腕時計がかっこいい」という価値観は、腕時計が生まれてから100年以上の歴史の中で見ると、ごく最近生まれた考え方なんですよね。
では次に、腕時計の歴史のほとんどは小径だった!という内容で解説して参ります。
腕時計の歴史のほとんどは小径だった
まず腕時計の歴史全体を振り返ったとき、どのようなサイズが主流だったのでしょうか。
腕時計が一般に普及し始めたのは、1910年代から1920年代にかけてのことです。
それ以前は懐中時計が主流でしたが、第一次世界大戦をきっかけに兵士たちが手首に腕時計を巻くようになり、やがて一般市民にも広まっていきました。
この時代の腕時計は、ケースサイズがおよそ30mm前後が中心でした。
腕時計というものは手首に着けるものである以上、懐中時計よりも小さく作る必要がありました。
そして、その小さなケースの中に精密な機構をいかに収めるかということが、当時の職人たちの技術的な挑戦でもあったんですよね。
要するに、でかいケースに精密な機構を搭載させるなら、それだけスペースがあるので、特に難しくないわけですよ。
でも、当時の職人さん達はそんなことでは満足できず、当時新しいカテゴリーだった小さい腕時計に精密機構を搭載することに、技や技術を詰め込むことがプロとしてのやり甲斐を感じていたんですね。
1940年代から1960年代にかけて少し大きくなりますが、それでもこの流れは大きく変わりませんでした。
ロレックスのオイスターパーペチュアルは36mm、パテック フィリップのカラトラバは33〜35mm、カルティエのタンクに至っては23mmから29mmという極めて小径のモデルが主力でした。
この時代に作られた腕時計の傑作と呼ばれるモデルのほとんどが、34〜36mm以下という小径に収まっているんですよね。
1970年代から1980年代になっても、状況はそれほど変わりませんでした。
つまり1980年代までの腕時計の世界において、36mm以下は当たり前のサイズ感であり、それが腕時計の標準だったんですよね。
こうして歴史を振り返ってみると、腕時計が存在してきた100年以上の歴史の中で、大型化トレンドが続いたのはわずか2000年代から2020年代にかけての25年足らずだということがわかります。
それ以前の80年以上にわたって、腕時計は基本的に小径のものだったということです。
「小さい腕時計はダサい」という価値観は、腕時計の歴史全体から見ると、むしろ異端な考え方だったといえるのではないでしょうか。
さらに重要なのは、この時代に作られた小径の腕時計こそが、今日のヴィンテージ市場で最も高く評価されているという事実です。
ロレックスの4桁デイトジャスト、カルティエのヴィンテージタンク、パテック フィリップのカラトラバ。
これらはすべて36mm以下の小径モデルであり、腕時計愛好家から非常に高い評価を受け続けています。
市場が証明しているのは、小さい腕時計には大きい腕時計にはない、独自の価値があるということなんですよね。
では次に、じゃあその価値とは何のか?という内容で解説して参ります。
小さい腕時計にしかない価値がある
ここでは、小さい腕時計が持つ固有の価値について、もう少し掘り下げていきたいと思います。
まず、技術という観点から考えてみましょう。
一般的に小さい腕時計は何だか頼りない・・・・・という、外装の話だけで終わってしまうのですが、前述した通り小さいスペースの中に精密機構を搭載させるのは、大きい時計よりも圧倒的に難しいのはイメージしていただけると思います。
ムーブメントの各パーツを小さく作れば作るほど、加工の精度が求められ、組み立ての難易度も上がっていきます。
パテックやピアジェが超薄型・小径の腕時計にこだわり続けてきたのも、それが技術的に最も難しいからこそ、ブランドとしての技術力を示せるという哲学があったからなんですよね。
腕時計の世界では、ムーブメントを大きくすることは比較的容易です。
パーツを大きくすれば加工しやすくなり、精度も出しやすくなりますからね。
しかし小さなケースの中に同じ機能を収めるためには、一つひとつのパーツをより精密に、より薄く作らなければならないですよね。
つまり小さい腕時計を作る方が、大きい腕時計を作るよりも高い技術力を必要とするケースが多いんですよね。
次に、存在感という観点についてお話しします。
「小さい腕時計は存在感がない」という意見をよく耳にしますが、これも必ずしも正しくありません。
カルティエのタンクを手首に乗せたとき、そのケースサイズは決して大きくありませんが、独特の幾何学的なフォルムと端正な文字盤が醸し出す存在感は、44mmの大型スポーツウォッチとはまったく異なる種類のものです。
これは「大きさによる存在感」ではなく、「デザインの力による存在感」といえます。
本当に洗練されたデザインは、サイズに頼らなくても存在感を生み出せるんですよね。
さらに、手首への馴染み方という観点でも、小径の腕時計には大型モデルにはない魅力があります。
手首のサイズに対して適切な径の腕時計を選ぶことで、腕時計が手首の一部として自然に溶け込んでいく感覚が生まれます。
これは「着けている」というより「馴染んでいる」という感覚で、長く着け続けるほどにその心地よさが深まっていくんですよね。
大型モデルは着けた瞬間の存在感は強いですが、長時間着け続けると手首への負担を感じる方も多いです。
小径の腕時計が持つ、手首への自然な馴染み方は、日常的に着け続けるという観点から見ると非常に大切な価値だといえます。
そして最後に、品格という観点です。
腕時計の世界で長く愛され続けているモデルの多くは、決して大きなサイズだけではありません。
パテック フィリップのカラトラバ、カルティエのタンク、ヴァシュロン コンスタンタンのパトリモニー。
こうしたモデルが持つ品格は、サイズの大きさとは無関係に、むしろ小さく端正であることから生まれているといえます。
品格というものは、主張の強さではなく、節制の美しさから生まれるものではないでしょうか。
では次に、「大きい腕時計がかっこいい」という価値観は変わりつつある!という内容で解説して参ります。
「大きい腕時計がかっこいい」という価値観は変わりつつある
ここでは、現在の腕時計市場で何が起きているのかという観点から、「大きい腕時計がかっこいい」という価値観が今どう変化しつつあるのかを解説して参ります。
実は近年、腕時計の世界では小径回帰という大きなトレンドが起きています。
2000年代に44mm・46mmという大型ケースが席巻した時代から、2010年代後半以降は徐々に38mm・36mmといった小径モデルへの関心が高まってきているんですよね。
その最も象徴的な出来事の一つが、パテック フィリップのノーチラスRef.5711の生産終了です。
2021年に発表されたこの生産終了は、腕時計市場に大きな衝撃を与えましたが、同時にパテックがより小径でクラシカルなモデルへと軸足を移していくという方向性を示すものでもありました。
世界最高峰のブランドが小径・クラシカルという方向を選んだことは、業界全体に大きな影響を与えているといえます。
またロレックスも近年、36mmというケースサイズを見直す動きを見せています。
かつて「メンズには40mm以上が当たり前」とされていた空気が変わりつつあり、36mmのモデルを選ぶ男性が増えてきているんですよね。
これはロレックスという世界最大の腕時計ブランドが、小径という選択肢を改めて市場に提示しているということでもあります。
こうした小径回帰の背景には、高級腕時計を求める層の価値観が変化してきているということがあると思っています。
2000年代の大型化ブームを牽引していたのは、腕時計を「見せるためのもの」として捉える層でした。
大きくて存在感のある腕時計を着けることで、成功や富を周囲に示すという動機です。
ところが近年、高級腕時計を求める層の中で「わかる方にだけわかる腕時計を選びたい」という価値観を持つ方が増えてきているんですよね。
大きな腕時計は、腕時計に詳しくない方にも一目で「高そうだ」「存在感がある」と伝わります。
一方で小径の上品な腕時計は、その価値がわかる方にしか伝わりませんよね。
カルティエのヴィンテージタンクやパテック フィリップのカラトラバを手首に乗せていても、腕時計に詳しくない方には「小さくて地味な腕時計」に見えることがあります。
しかしその背景や歴史を知っている方には、その一本が持つ本質的な価値が伝わります。
見せびらかすのではなく、わかる方とだけ共鳴するという選び方が、現代の高級腕時計の新しい文脈として広がってきている様です。
さらに、ファッションの世界でもスーツやジャケットのシルエットが細身に回帰している流れの中で、手首に乗せる腕時計も自然と小径・上品なものへの関心が高まっています。
では最後にいつも通り、ベルモントルの視点という内容で解説して参ります。
ベルモントルの視点
ベルモントルが取り扱う腕時計は、ヴィンテージが中心ですが、これらのモデルのほとんどが36mm以下の小径です。
これは私が仕入れているので、そうなっています。
ベルモントルが小径の腕時計を中心に扱っているのは、小径こそが腕時計の本質的な美しさと品格を最も純粋に体現しているという確信があるからなんですよね。
ベルモントルにいらっしゃる方の中に、こんなお話をされる方は結構います。
以前は大きい腕時計を着けていたが、ただ単に重くなってきて、夕方くらいには疲れてるんですよねぇ・・・・という方です。
大きい腕時計は、やはりその分重たくなってしまうので、若い頃はそれにも耐えられるんでしょうが、ある時期から大きさよりも取り回しの良さの方に、比重が置かれる方が多いように感じます。
そして、実際に小径の腕時計は本当に軽いですし、腕は疲れませんし、取り回しの良さも素晴らしいです。
ここまで話したように「小さい腕時計はダサい」という偏見は、腕時計の本質から見ると根拠のない思い込みです。
腕時計の歴史の大部分は小径であり、技術的な難易度という観点でも小径の方が高い水準を必要とし、ヴィンテージ市場での評価という観点でも小径モデルが高く評価されています。
これらの事実が示しているのは、小さい腕時計には大きい腕時計では得られない、独自の価値があるということです。
ただ、「小さい腕時計はダサい」という外側からの声に流されて、本当は小径の腕時計に惹かれているにもかかわらず選べずにいる方がいるとすれば、今日の動画がその背中を少し押せていたら幸いです。
自分の手首に自然に馴染む一本、見るたびに品格を感じられる一本、そういった腕時計と出会えたとき、それがその方にとっての本当の意味での正解だと思っています。
本日は「小さい腕時計はダサいという偏見は本当か」という内容で解説してまいりました。