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Article: ヴィンテージ腕時計を買う方が本当に買っているものは何なのか!?

ヴィンテージ腕時計を買う方が本当に買っているものは何なのか!?

こんにちは、ベルモントルの妹尾です。

本日の動画では「ヴィンテージ腕時計を買う方が本当に買っているものは何なのか?」という内容で解説して参ります。

ヴィンテージ腕時計に興味を持ち始めた瞬間、少し引っ掛かりが出てくると思います。

それは

「なぜ古い腕時計に、新品よりも高いお金を払うのか、正直よくわからない」というものです。

でも、その裏には気になってる自分がいるのも事実ですよね。

確かに、精度だけで言えば現行品の方が高く、保証もなく、コンディションのリスクもある。

合理的に考えれば、新品を選ぶ方が理にかなっているように見えます。

ではなぜ、世界中のコレクターが今もヴィンテージ腕時計に惹かれ続けるのでしょうか。

今日はその問いに正直に向き合いながら、ヴィンテージ腕時計を選ぶ方が本当に手に入れているものは何かを、じっくりと紐解いていきたいと思います。

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それでは話を進めて参ります。

 

 

ヴィンテージウォッチは機能や性能の話ではない

まず最初に、ヴィンテージ腕時計を選ぶ方が求めているものは、機能や性能ではないということをお伝えしておきたいと思います。

時間を知るだけであれば、スマホを見れば十分です。

精度という観点で言えば、現代のクォーツ腕時計は機械式腕時計をはるかに上回る正確さを持っています。

そして現行品の機械式腕時計と比べても、製造から数十年が経過したヴィンテージの腕時計が、精度の面で勝ることはほとんどありません。

防水性能も、耐久性も、現行品の方が優れているケースがほとんどです。

つまり、機能や性能という物差しだけで腕時計を選ぶのであれば、ヴィンテージという選択肢は合理的ではないんですよね。

むしろ、非合理の極みです。

それでも世界中のコレクターが、現行品よりも時に高い価格を払ってヴィンテージを手に入れようとする。

この行動は、機能の外側にある何かを求めているからに他なりません。

では、その「何か」とは何なのか。

ここが気になるところだと思いますので、丁寧に解説しますね。

一つ目として、ここではまず「作られ方の違い」という観点から紐解いてみたいと思います。

1950年代から2000年代にかけて作られた腕時計は、今のように自動化された生産ラインではなく、職人の手作業によって細部が仕上げられていました。

文字盤の印刷、針の仕上げ、ケースの研磨。

こうした工程の一つひとつに、機械では再現できない人間の手の痕跡が残っています。

均一であることを前提に作られる現行品とは異なり、当時の腕時計には一本ごとに微妙な揺らぎがあります。

この揺らぎは、品質のばらつきではなく、人間の手が生み出した固有の個性なんですよね。

さらに、当時使われていた素材や技術の中には、現代では再現が難しいものも存在します。

特定の時代にしか製造されなかった文字盤の素材、今では入手困難な塗料、当時の職人だけが持っていた仕上げの技法。

トリチウムとかもそれに含まれますよね。

こうした要素が組み合わさって、ヴィンテージ腕時計だけが持つ独特の佇まいが生まれています。

どれだけ技術が進歩しても、過去に作られたものをまったく同じように再現することはできない。

その意味で、ヴィンテージ腕時計はすでに2度と作れないものなんですよね。

ヴィンテージ腕時計を手に取ったとき、多くの方が感じる「何か違う」という感覚は、こうした作られ方の違いから生まれているのではないでしょうか。

それは数値では表せないものですが、確かに存在している違いです。

機能や性能という物差しでは測れない価値が、ヴィンテージという世界には確かにある。

では次に、その価値の中でも特に重要な「唯一無二であること」について、さらに深く紐解いて参ります。

 

 

唯一無二であることの価値

前のパートでは、ヴィンテージ腕時計の価値は機能や性能の外側にあるということをお伝えしました。

ここでは、その価値の中でも特に核心に触れる部分、「唯一無二であること」について紐解いていきたいと思います。

新品の腕時計は、工場から出荷された瞬間、世界中に存在する同じモデルとまったく同じ顔をしています。

同じ文字盤、同じ針、同じケースの仕上げ。

これは品質の均一性という観点では優れたことですが、裏を返せば、その一本だけが持つ個性というものが、出荷された時点ではまだ存在していないということでもあります。

ヴィンテージ腕時計はまったく逆です。

同じ型番であっても、製造された時期、使われてきた環境、前の所有者の手の癖、保管状況。

こうした複合要因の重なりによって、一本ごとにまったく異なる表情が生まれています。

例えば、1978年に製造された、同じリファレンスのサントスを百本並べたとしても、まったく同じ顔のものは一本も存在しません。

これがヴィンテージという世界の、最も根本的な特徴だといえます。

この唯一無二性を象徴するものの一つが、文字盤の経年変化です。

専門的には「パティナ」と呼ばれるこの変化は、長い時間をかけて素材が空気や光と反応することで生まれます。

日本ではパティナはほとんど浸透してないので、エイジングって言われると分かりやすいんでしょうが、同じような意味ととらえてください。

クリームがかったホワイト、深みを増したブラック、予期せぬトロピカルカラーへの変色。

こうした変化は、まったく同じ条件で再現することが誰にもできません。

人工的に作ることもできなければ、意図的にコントロールすることもできない。

時間だけが生み出せる表情なんですよね。

だからこそ、ヴィンテージ腕時計の世界では、同じ型番であっても文字盤の状態や色味によって価格が大きく変わります。

希少なパティナを持つ個体は、標準的なコンディションのものと比べて数倍の価格で取引されることも珍しくありません。

これは単なるコレクターの趣味的な評価ではなく、唯一無二であることへの正当な価値付けだといえます。

ヴィンテージのモデルがアホみたいに高くなるのには、いろんな理由があるんですが大体の場合で、そもそもの個体数が少ないことと、今回のパティナの影響が大きいと言えます。

そして、この唯一無二性は所有することで、さらに深まっていきます。

自分が身につけることで刻まれていく小さな傷、自分の体温や汗が文字盤に与える微妙な変化。

ヴィンテージ腕時計は、所有者と時間をともにすることで、その方だけの個性をさらに積み重ねていきます。

これは新品の腕時計が、これから積み重ねていくものとは性質が異なります。

すでに半世紀近い時間を背負った一本が、さらに自分との時間を重ねていく。

その感覚は、ヴィンテージという世界にしかないものではないでしょうか。

街で同じモデルとすれ違うことへの違和感を覚えたことがある方には、この唯一無二性こそが、ヴィンテージ腕時計が持つ最も本質的な答えになるのかもしれません。

では次に、時間を所有すること!という内容で話を進めて参ります。

 

 

時間を所有するということ

ここまで、ヴィンテージ腕時計の価値として「作られ方の違い」と「唯一無二であること」を紐解いてきました。

ここではもう一歩踏み込んで、ヴィンテージ腕時計を手に入れるということが、本質的にどういう体験なのかについて考えてみましょう。

一言で表すなら、それは「時間を所有する」という体験ではないでしょうか。

新品の腕時計を買うということは、「これから始まる時間」を手に入れるということです。

その一本はまだ何も経験しておらず、これから自分とともに時間を積み重ねていく。

それは前向きで清々しい体験であり、新品が持つ魅力の本質でもあります。

一方ヴィンテージ腕時計を買うということは、まったく異なる体験です。

その一本はすでに、自分が生まれる前から存在していた可能性があります。

誰かの手首で時を刻み、誰かの人生の節目に立ち会い、誰かから誰かへと受け継がれてきた。

その積み重なった時間ごと、自分の手元に迎え入れるという体験なんですよね。

これは「これから始まる時間」を買うのではなく、「すでに積み重なった時間」を引き継ぐということです。

この感覚は、腕時計という道具を超えたものを手に入れる体験だといえます。

1960年代に作られたロレックスのデイトジャストを手に取ったとき、その腕時計が生まれた時代の空気、当時の職人が持っていた技術、そしてその一本が辿ってきた数十年という時間が、手のひらの上に乗っているように感じられる。

こうした感覚は、説明しようとすると言葉では追いつかないものがありますが、実際に手に取った方には確かに伝わるものなんですよね。

これを私なりの言い回しで表現するのであれば、オーラがあるとか、雰囲気がいいとか、風情がある!などなどそういったニュアンスになります。

要するに、心が揺れるということですよ。

さらに興味深いのは、ヴィンテージ腕時計を所有することで、自分がその時間の連鎖の一部になるという感覚が生まれることです。

半世紀前の職人が作り、誰かが大切に使い、やがて自分の手元に届いた一本を、今度は自分が次の誰かへと受け継いでいく。

パテック フィリップが「あなたはパテック フィリップを所有しているのではなく、次の世代のために預かっているにすぎない」という趣旨のメッセージを伝えていますが、これはヴィンテージ腕時計全体に通じる哲学だといえると思います。

新品の腕時計が「点」だとすれば、ヴィンテージの腕時計は「線」です。

過去から現在へ、そして未来へとつながる時間の線の上に、自分が一点として加わる。

その感覚こそが、ヴィンテージ腕時計を手に入れた方が、新品では得られなかったと口を揃える、あの独特の充足感の正体なんだと考えております。

では次に、作り手の哲学との対話!という内容で解説して参ります。

 

 

作り手の哲学との対話

ここまで、ヴィンテージ腕時計が持つ価値として「作られ方の違い」「唯一無二であること」「時間を所有するということ」を解説してきました。

最後にもう一つ、ヴィンテージ腕時計を選ぶ方が手に入れているものとして、「作り手の哲学との対話」という観点からお話しして参ります。

腕時計というものは、作られた時代の価値観や技術水準、そしてそれを作った職人の哲学を、そのままの形で封じ込めたものです。

現代の腕時計は、コンピューターによる設計と自動化された生産ラインによって、高い精度と均一性を実現しています。

これは技術の進歩として素晴らしいことですが、一方で設計者や職人個人の哲学が、製品に直接反映される余地は少なくなっているともいえます。

ヴィンテージ腕時計の時代はそうではありませんでした。

1960年代から90年代にかけて、腕時計の設計や仕上げは、職人一人ひとりの判断と技量に委ねられる部分が大きかったんですね。

文字盤のインデックスをどう配置するか、針の先端をどう仕上げるか、ケースのラグをどう削り出すか。

こうした細部の一つひとつに、作り手の美意識と哲学が宿っているわけですよ。

だからこそ、同じブランドの同じ時代のモデルであっても、工房や担当した職人によって微妙に異なる仕上がりになることがあります。

これはヴィンテージ腕時計の世界において、個体差という形で今も確認できることです。

たとえばカルティエのヴィンテージを手に取ると、当時のジュエリーハウスとしての美意識が、腕時計というプロダクトの中にどう表現されているかが伝わってきます。

ケースのラインの優雅さ、文字盤の余白の取り方、針の形状に至るまで、「美しいものを作る」という哲学が隅々まで行き渡っているように感じます。

これは単なるデザインの話ではなく、当時の作り手がどういう価値観で腕時計と向き合っていたかという、哲学の痕跡なんですよね。

こうした哲学との対話は、ヴィンテージ腕時計を手に取るたびに静かに続きます。

この針の仕上げは、当時の職人がどんな道具を使って、どんな意図で行ったのか。

この文字盤の色は、どういう素材が経年によってどう変化した結果なのか。

そうした問いを持ちながら腕時計と向き合うとき、それはもはや道具を使うという体験ではなく、時代を超えた作り手との静かな会話になっていきます。

ヴィンテージ腕時計を購入される方が本当に買っているものは、時間を知るための道具ではありません。

作り手の哲学、積み重なった時間、唯一無二の個性、そしてその一本が持つ固有の物語です。

これらすべてが一体となって、ヴィンテージ腕時計という存在を、単なるプロダクトを超えたものにしているのではないでしょうか。

では最後に、いつも通りベルモントルの視点という内容で締めくくりとさせて頂きますね。

 

ベルモントルの視点

ヴィンテージ腕時計を購入される方が本当に買っているものは何なのか?

今日はこの問いを軸に、四つの観点から紐解いてきました。

作られ方の違い、唯一無二であること、時間を所有するということ、そして作り手の哲学との対話。

これらはどれも、価格や希少性という外側の基準では測れないものです。

そしてこれらすべてが重なり合ったとき、ヴィンテージ腕時計という存在が持つ本質的な価値が見えてくるのだと思います。

ベルモントルでヴィンテージ腕時計をお選びいただく方を見ていると、購入の動機は実にさまざまです。

ある方は、若い頃に憧れていたけど当時は資金面で購入することができなかったけど、今だったら買えるから!ってことで探してたどり着いてくださいます。

ある方は、現行品を何本か経験した後で、新品では満たされない何かを求めて、ヴィンテージという世界の扉を開いてくださいます。

またある方は、腕時計そのものよりも、そのブランドが歩んできた歴史や哲学に惹かれ、その痕跡が最も色濃く残っているヴィンテージを選んでくださいます。

動機はそれぞれ違いますが、共通していることが一つあります。

それは、古いものの魅力を肯定的に受け入れてあるということです。

綺麗という表現には、傷1つなくそのままの綺麗という意味があります。

そして、ヴィンテージの場合は、そのニュアンスとは違い、傷があっても製造当時から色味が変わってても、綺麗と言われます。

同じ綺麗という使われ方をしますが、後者の綺麗は物体と共に心も含んだ状態だと私は考えています。

よって、古いものの魅力を理解して、そこに肯定的な気持ちを持てる方だけが、感じることが出来る『綺麗』という表現なんじゃなかろうかと思いますね。

ヴィンテージ腕時計に興味を持ち始めた方も、すでに何本かお持ちの方も、今日の動画が「自分がヴィンテージ腕時計に求めているものは何か」を改めて考えるきっかけになれば幸いです。

その答えが見つかったとき、ぜひベルモントルの扉を開いていただけたらと思っています。

本日は「ヴィンテージ腕時計を買う方が本当に買っているものは何か」というテーマで解説してまいりました。

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