ロイヤルオーク以前のオーデマ・ピゲであり、黒文字盤の静けさと薄型手巻きがつくる袖口の抜けは、薄さを追求したオーデマらしさを感じます。
サイズは約33.8mmで、手首にもすっと収まります。
ムーブメントは名門ジャガールクルト社製Cal.818を始祖とするオーデマピゲ社製 Cal.2001です。
外装は面で光を返すWGが黒を引き締め、華美ではないのに存在感のある一本です。
今日はこの“静かな名作”を、デザイン・ムーブ・着け心地・購入前チェックまで凝縮解説します。
1970年代AP・WG“TVスクリーン”の概要
ロイヤルオーク前夜のオーデマ・ピゲを語るうえで外せないのが、横長クッション=通称“TVスクリーン”ケースのドレスラインです。
今回の一本は1970年代製、18Kホワイトゴールドの端正な外装にブラックダイヤルを合わせた、静かな存在感が持ち味です。
角を落とした柔らかな輪郭と、平滑な面で光を返すWGの質感が、黒の艶を引き立てます。
サイズはおよそ33.8mm(横)×32.3mm(ラグ側)。数値だけ見ると小ぶりですが、横長プロポーションの“見た目面積”が効いて、手首15.5〜17cm前後ならジャケットにもシャツにも自然に収まります。
厚みは超薄手巻きゆえに控えめで、袖口の抜けは極めて良好です。
日常の所作でチラリと面が光る—それがこの形の醍醐味です。
インデックスはシンプルなバーで、12時位置だけ太めになっています。
針もシンプルなバーでデザインされているので、素材とプロポーションが主役になり、流行から独立したドレス感が手に入ります。
総じて本固体は、「声を張らずに品が立つ」70年代APの美点が凝縮された一本だと言えるでしょう。
現行のスポーツアイコンとは異なる文脈で、雲上の静けさを日常に添えてくれます。
ムーブメントの話:Cal.2001(ジャガールクルトCal.818系譜)
ベースムーブメントはジャガー・ルクルト社製の超薄型手巻きCal.818です。
それをオーデマピゲ社が、仕上げと調整を行なったことでCal.2001に進化しています。
1960〜70年代の雲上ドレスを支えた名門の設計で、地板の薄さと受けのレイアウト、巻き上げ系のタッチが洗練されているのが特徴でしょう。
APはここに自社の基準で面取り・面の均し(ならし)・輪列の当たり出し(これは歯車同士の“当たり(接触・かみ合い)”を見極めて、抵抗なく回る位置関係に整える作業)を加え、歩度の出し方と姿勢差のまとまりに“一手間の工程”を加えています。
よって実用面では、まず巻き心地に品があります。
噛み合いが均質で、ゼンマイの立ち上がりから巻き止まり前まで、抵抗の増え方がなだらかです。
超薄でありながら輪列のノイズが少ないため、耳を近づけるとテンポの良い手巻きならではの、あの歯車音だけが静かに届きます。
ではここで巻き上げる音を一緒に聞きましょう。
ヴィンテージとしての魅力は、雲上の分業美学が機械にも刻まれていることでしょう。
現行ラインはムーブメントも自社ブランドというのが響きが良いですが、ヴィンテージはそうではなく名門マニュファクチュールのブランドが採用してある個体が良い時計なんですね。
JLC由来の合理と、APの審美と調整が同居し、“静かに心地良い”輪列が薄いケースの中でよく噛み合います。
ロイヤルオークの陰で語られがちな時代ですが、超薄×手巻き=APの品格を最短距離で味わえるムーブメントが、このCal.2001なのです。
薄型ムーブはローターを持たない分、ケース厚と重心で恩恵が大きいのもポイントです。
要するに薄い時計ってのは、手の動きに対してブレが発生しづらく、長時間着用しててもストレスになりにくいんですね。
ですが、本固体はホワイトゴールドで作られていますので、重すぎない貴金属らしいずっしり感があるところも魅力です。
このムーブメントについての詳細は、こちらの動画でしっかり話していますので気になる方はご覧ください⬇️
雲上の分業:ケース刻印「122」が語る製作背景
裏蓋の内側に見える小さな“ハンマーヘッド+数字”ポワンソン・ド・メートル(tête de maître)って言うんですが、これはスイスのケースメーカー識別記号です。
1970年代の金無垢ケースにはこの“マーク+番号”が打たれ、たとえば**「122」のような番号はどの外装工房が製作したかを示します。
ハンマーヘッドのマークはラ・ショード・フォンで作られたことが分かり、122という数字は「Alcide Guyotアルシド/ギヨー」という工房によって作られたことが分かります。
こういった、特殊な形をしたケースを腕時計ブランドは自社で作ることが出来なかったので、技術力のある工房に依頼して製造をしてもらっていたんですね。
さらに「750」(18K)や女性横顔のヘルヴェティア頭部の刻印(スイスの金品位公証)が並び、素材と国の保証を担保しています。
つまり、裏蓋内は外装の履歴書でもあるわけです。
この記号が教えるのは、ムーブメント同様に雲上ブランド分業体制の美学です。
当時のオーデマ・ピゲは、超薄ムーブメントや最終の仕上げ・検査を自社で担いつつ、特殊形状の金ケースは外部の名門ケースメーカーに委ねることが一般的でした。
パテックもヴァシュロンもこのような時計の作り方になっています。
薄い面で光を均一に返すTVスクリーン型は、圧延・曲げ・ロウ付け・面出しのすべてが高度に噛み合わないと“歪み”が出ます。
だからこそ、専業工房の治具(ジグ)と手の記憶が品質を左右するんですね。
雲上のケースが“ただの外装”ではなく職人技である所以です。
実用面でもこの情報は有効です。
“誰が作ったケースか”まで遡ると、同じRefでも面の出方・縁の細さ・角の丸めに個体差が見えてきます。
ムーブメントの系譜(JLC 818→AP 2001)と、ケースの系譜(刻印が語る工房)中身と外装、2つの血統とオーデマピゲの仕上げ合流して完成するのが、この時代のAPドレスウォッチの特徴なんですね。
裏蓋を開けた時に、その背景が記号という最小限の言葉で語られるのが私の楽しみでもあります。
実機着用レビュー
この横型のエリプスが腕に乗った時にどんなふうに見えるのか?
ここが気になるところだと思うんですよね。
結論から言いますと、おしゃれです。って一言に収まります。
ラウンド型も良いんですが、こんな感じで四角が滑らかに作られていることで、スクエアのような硬さもないんですよね。
縦幅がない分、横に広がってるように見える印象ですが、実際には34mmありませんので、腕の収まりはかなりいいし、手の甲からもケースが飛び出さないので、この部分もぶつける心配がないのが良いですよね。
そして、体感で伝えたいのは、“重さは上質、着け心地は軽やか”という矛盾のない心地よさです。
見た目はベゼルも側面も無駄を削いだ平面で構成され、面が全体的にフラットに作られているので、実測数値から連想されるような小ささは全く感じられません。
光で存在感を表すタイプの時計ですね。
手の甲との当たりについてですが、ここも快適ですね。
裏面がボコッと出ています。
これは表面側で膨らみを持たせないデザインにしたために、下側でムーブメントの空間を作ろう!という戦略でこのようになっているのですが、手の甲に当たる面積が小さいので軽やかさがより強調されています。
前述しましたが、ホワイトゴールドの適度な比重が手首に座りを与えつつ、ケース自体は超薄なので、かなりバランスが取れたモデルなんですよね。
価格は116万8000円ですが、世界3大時計ブランドのヴィンテージウォッチって、価格以上の品質があります。
ロイヤルオークなどの分かりやすいモデルも良いのですが、こういった綺麗に整う腕時計は良い時計を選ぶ事が出来る人だという印象を与えることが出来ると思いますね。