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Article: 年々高騰し続ける腕時計。結局『いくらまで』出すのが妥当なのか?

年々高騰し続ける腕時計。結局『いくらまで』出すのが妥当なのか?

こんにちは、ベルモントルの妹尾です。

本日は『年々高騰し続ける腕時計。結局「いくらまで」出すのが妥当なのか?』という内容でお話しして参ります。

腕時計を選ぶとき、多くの方が頭の中で繰り返している問いは、実はとてもシンプルです。

「これは自分にとって高いか、高くないか」

年収や貯金額から逆算した基準を先に持ち出す方は、実際にはそれほど多くはいないと思っています。

まず欲しいと感じて、その後に自分自身へ問いかける、という順番で判断している方がほとんどなのではないでしょうか。

ただ、この自問自答自体が、意外と難しいものなんですよね。

今回は、この「高いか、高くないか」という判断を、どう考えれば自分なりに納得できるものにできるのかを、一緒に見ていきましょう。

腕時計というのは本来、値段やブランド名だけでは、その一本が本当に納得できるかどうかは、決まらないんですよね。

その一本が持つ背景まで見えてきたときに、初めて『これだ』と思える自分の一本に出会えるんですよね。

そういった自分だけの1本をお探しの方は、是非とも青山にある店舗までお越し下さい。

またベルモントルでは、そうした背景や佇まいも含めて腕時計を選びたい方に向けて、公式LINEで一般公開前の新着商品や入荷予定品をご案内しています。

概要欄から公式LINEのお友達登録をよろしくお願い致します。

それでは話を進めて参ります。



結局、みんな「高いか、高くないか」を自分に問うだけ

腕時計の価格自体が去年と比べて、圧倒的に高くなっていることに変わりはありませんし、私の予想ではありますが、インフレはしばらく続くのでおそらく来年もまた値上がりしていることでしょう。

そして難しいのはその「高い」という感覚は、去年はこれくらいの金額だったのにぃ、とか、貯金額や収入、その時々の生活状況によって変わるだけでなく、その腕時計にどれだけ心を動かされたか?によっても変わってくるからなんですよね。

同じ100万円という金額でも、ある方にとっては迷わず出せる金額で、別の方にとっては何ヶ月も悩む金額だったりします。

これは収入の金額だけで単純に説明できるものではなく、その方が何を優先して生きているか、何にお金を使うことに納得感を持てるかという、価値観そのものの違いなんですよね。

だからこそ、「他の人はどう判断しているか?」という情報を集めれば集めるほど、かえって自分の感覚が分からなくなってしまう、という方も少なくありません。

当店にいらっしゃるお客様の中にも、事前にあれこれ調べすぎて、逆に何を基準にすればいいか分からなくなってしまった、とおっしゃる方が一定数いらっしゃいます。

ですので、他人の購買は確かに気になるし参考にはなるものの買うのはあくまで自分であって、自分でそれらの情報を精査して、決断しないといけないわけですよ。

そして、その決断をもっと分かりやすくいうのであれば、その金額を出してでもそれを欲しいかどうか。

ここに尽きると思います。

外側にある基準を探すのではなく、自分自身の感覚に立ち返ることの方が、実は近道だったりするんですよね。

とはいえ、「自分の感覚に立ち返りましょう」と言われただけでは、具体的に何をどう考えればいいのか、掴みにくい方も多いはずです。

特に高額な買い物になればなるほど、感覚だけで判断することへの不安も大きくなりますから、何かしらの手がかりが欲しくなる気持ちも当然だといえます。

その手がかりは、外部の相場観ではなく、もっと自分自身の内側、生活や気持ちの状態に目を向けることで見えてくるものなんですよね。

たとえば、貯金に余裕があっても「もったいない」という感覚が拭えない方もいれば、決して余裕があるわけではないのに、迷わず決断できる方もいます。

このあたりの感覚の違いは、育ってきた環境や、これまでお金とどう付き合ってきたかという経験の積み重ねによるところが大きいんですよね。

これまで何にお金を使って満足してきたか、逆に何にお金を使って後悔した経験があるか。

その振り返りの中に、今回の判断のヒントが隠れていることが多いんですよね。

では次にですね、「無理なく手が届く」の基準は、金額ではなく生活への影響度!について解説してまいります。




「無理なく手が届く」の基準は、金額ではなく生活への影響度

「無理なく手が届く」という感覚を測る上で、まず見るべきなのは、金額そのものの大きさではありません。

その金額を支払った後、日常生活にどれだけ変化が生まれるかという、影響度なんですよね。

たとえば同じ100万円でも、支払った後に貯金や日々の生活費にまったく影響が出ない方もいれば、生活防衛資金を切り崩さなければならない方もいます。

前者にとっての100万円と、後者にとっての100万円は、数字としては同じでも、実際の重みがまったく違うんですよね。

つまり「妥当かどうか」は、金額の絶対値ではなく、支払った後の生活が、支払う前とどれだけ変わらずにいられるかで測るべきものだといえます。

具体的には、生活防衛資金(急な出費や収入減があっても数ヶ月は生活できる貯蓄)には手をつけない、という一線を、まず自分の中で決めておくことが大切です。

この一線さえ守られていれば、その範囲内でどれだけ使うかは、後は本人の価値観次第でよいはずなんですよね。

逆に言えば、この一線を越えてまで手に入れようとしている場合は、一度立ち止まって考え直すべきサインだといえます。

一括で支払えるかどうかも、一つの目安になります。

分割やローンを組まないと届かない金額なのであれば、それは今の自分にとって、まだ少し早いタイミングなのかもしれません。

無理をして手に入れた一本は、身につけるたびに、支払いの重さを思い出してしまうということも起こり得るんですよね。

せっかく心を動かされて選んだ一本が、そういった形で色褪せてしまうのは、もったいないことだと感じます。

逆に、この一線をしっかり守った上で選んだ一本であれば、多少背伸びをした金額であっても、後悔にはつながりにくいものなんですよね。

金額の大きさに気後れするのではなく、「この一本が、自分の生活の土台を揺るがさないかどうか?」という一点に絞って考えると、判断はぐっとシンプルになるんやないかなぁと考えております。

では次に、結構大切な『欲しいと思った気持ちを、後回しにしすぎない大切さ』という内容で解説して参ります。



欲しいと思った気持ちを、後回しにしすぎない大切さ

「無理なく手が届く」という条件が整っているのに、それでもなかなか踏み出せない、という方も少なくありません。

慎重に検討すること自体は、決して悪いことではないんですよね。

ただ、検討の期間が長引けば長引くほど、最初に感じていた「これだ」という気持ちが、少しずつ薄れていってしまうという側面もあります。

気づけば、当初の候補とは違うモデルを比較検討し始めていたり、そもそも欲しいと思った理由すら、うまく思い出せなくなっていたりするんですよね。

これは、慎重さが行き過ぎて、判断材料ばかりが増えていく一方で、肝心の気持ちの部分が置き去りになってしまっている状態だといえます。

腕時計選びにおいて、スペックや相場、他の方の評判といった情報は、もちろん大切な判断材料です。

ただ、それらはあくまで「無理なく手が届くかどうか」を確認するための材料であって、「欲しいと思った気持ちそのもの」を上書きするためのものではないんですよね。

無理のない範囲だと確認できているのであれば、その気持ちを大切にしてあげることも、同じくらい重要な判断基準なんです。

何年も検討を続けた末に、結局は最初に一目惚れした一本に戻ってきた、という体験は視聴者の一部の方には経験があるのではないでしょうか。

情報を集めることと、決断することは、実は別の作業なんですよね。

情報収集はあくまで「無理がないか」を確かめる手段であり、そこで判断を止めてしまうと、いつまでも決断そのものにはたどり着けません。

気持ちが動いた瞬間の感覚を、後からでも思い出せるように、大事な候補についてはメモや写真に残しておくことをおすすめしています。

時間をかけること自体が目的化してしまうと、本来大切にすべきだった気持ちの方を、いつの間にか見失ってしまうものなんですよね。

特に人気モデルの場合、悩んでいる間に在庫がなくなってしまうということも、現実として起こり得ます。

無理のない範囲だと確認できたなら、あとは自分の気持ちを信じて踏み出す、というシンプルな結論に落ち着くことも多いんですね。

では次に、「妥当かどうか」を他人の基準で測らない!という内容について解説して参ります。



「妥当かどうか」を他人の基準で測らない

もう一つ、判断を難しくしている要因があります。

それが、他人の基準と自分の基準を、無意識のうちに比べてしまうということです。

SNSやメディアでは、著名人や発信者が身につけている腕時計の価格帯を、日常的に目にする機会があります。

特に自分に近しい人であればあるほど、それに引っ張られやすく、比較したくなってしまいますよね。

それを見て、「自分もこのくらいの金額感が普通なのかもしれない」と、無意識のうちに相場観が引きずられてしまうことがあるんですよね。

ただ、そこに映っている方々の生活状況や価値観は、当然ながら自分とはまったく違います。

妥当かどうかは、あくまで自分自身の生活と価値観の中で決まるものであって、他人の消費水準を基準に測るものではないんですよね。

逆に、周囲が誰も高額な腕時計を持っていないからといって、自分が欲しいと感じた気持ちを我慢する必要もありません。

無理のない範囲であることさえ確認できていれば、周りがどうであるかは、本来まったく関係のない話なんです。

当店にいらっしゃる方の中にも、「こんな金額を出すのは自分だけかもしれない」と気にされている方がいらっしゃいますが、実際には年齢も職業もさまざまな方が、それぞれの基準で来店されていますし、これがまた特段おかしな話でもないんですよ。

今日もどこかの誰かが、どこかでロイヤルオークやノーチラスに1000万円払ってることでしょうからね。

腕時計に対する優先順位の高さも、人それぞれですよね。

食事や旅行にはあまりお金をかけない代わりに、腕時計にはしっかり使うという方もいれば、その逆の方もいて、どちらが正しいという話でもないんですよね。

他人と比べて安心したり、逆に不安になったりする必要は、本来まったくないんです。

自分がこれまで、何にお金をかけ、何を我慢してきたか。

そして、自分がどこに心地よさを感じることが出来るのか理解している状態。

今回でいえば、腕時計のコレクションを1本増やすことで心が満たされるという状態ですよね。

その積み重ねの延長線上に、今回の一本があるかどうかを考える方が、よほど本質的な判断につながります。

比較すべき相手がいるとすれば、それは他人ではなく、これまでの自分自身の消費や優先順位のあり方だけなんですよね。

その積み重ねの中に、腕時計という選択肢が自然に位置づけられているなら、その金額はきっと自分にとって妥当なものなんですよね。



ベルモントルの視点

ここまで、「腕時計にいくらまで出すのが妥当なのか」という問いを、金額の相場ではなく、自分自身への向き合い方という視点から一緒に見てきました。

生活防衛資金を崩さないか、一括で払えるか。

この一線さえ守られているなら、あとは他人と比べず、自分の気持ちを大切にしていいんですよね。

慎重になりすぎて時間ばかりが過ぎてしまうことも、他人の消費水準と比べて一喜一憂することも、本質的にはあまり意味のないことなんです。

その金額を出してでもそれを欲しいかどうか。

ここが今日の動画で私が1番伝えたいことです。

自分がその金額を払う価値を理解しているのであれば、金額は大きな影響ではありません。

それが自分の人生をプラスに働いてくれるという確信があるわけですからね。

妥当な金額に、万人共通の正解はありません。

無理のない範囲で、心から「これだ」と思えた一本こそが、その方にとっての適正価格なんです。

当店がヴィンテージ腕時計をお届けする際も、金額の大小そのものより、無理のない範囲で、本当に納得できる一本と出会っていただくことを何より大切にしています。

高いか高くないかで悩んだときは、他人の基準ではなく、ご自身の生活と気持ちに、もう一度立ち返ってみてください。

きっとそこに、答えはすでにあるはずです。

これからも、そうした一本との出会いをお手伝いできればと思っております。

金額の大きさに気後れせず、無理なく手が届くと確認できたなら、あとは自分の気持ちを信じて選んでいただきたいと考えています。

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